最終話「異能に咲いた私たち」①
1
「えなが、ありがとね。私一人だったら、全然辿りつけなかったと思う」
「何じゃ、今更水臭い。私とお主は、パートナーじゃ。それにもう、これしか方法はないんじゃろ?」
蛇足の背に乗った沙希とえながは、真っ白な空間をひたすら前へ前へと進んでいた。
ところどころ、周りに浮かぶ半透明の映像は。崩壊していく日本だ。天星が、世界を支配する未来。
異能へと変えられた人々が世界に戦争を撒き散らし、少しずつ少しずつ築かれていた文明は踏みにじられていく。
そして異能が、人間へと成り代わり新しい文化を。人間の屍の上へと築いていくのだ。
「……ひどい有様じゃな。これは、私達の世界にこれから訪れる未来なのか」
「そうだね。今の世界は天星に滅ぼされちゃう。私は過去には遡れないから、これを書き換えることは出来ないし」
「終末というわけか。この空間では、時間は流れてないのか?」
「うん。あたしたちの意識だけ、未来に飛ばしてるからね。天星が異能を強めてくれたおかげで、こんなことも出来るようになったわけ」
だから、この未来が視えていたとしてもつき進むしかなかった。天星が沙希の身に余る異能をもたらしてくれたおかげで。唯一の活路が見出だせた。
「……どの世界線の未来も、ダメじゃな。天星になすすべもなく侵略されていく」
沙希たちが突き進むのは、未来へのタイムゾーン。そこには、時間と時間が面した様々な世界線の未来のビジョンを垣間見る事ができる。
だがどれも、天星という脅威にひたすら人々は呑み込まれていく。世界の終末とは、ある日こうやって前触れもなく訪れるものなのかもしれない。
(……でも、今日じゃない。そう、信じたい)
ぎゅっと握りしめた沙希の手を。前を向いたままのえながが自分の手で優しく包みこんでくれる。
大丈夫。一人じゃ、ないから。
更に先へ。先の未来へ。蛇足に乗って突き進む。えなががいてくれなかったら、こんなに早く進めなかったのだ。沙希一人では、辿り着く前に異能が尽きてしまっていた。
(……だから。あたしたちはパートナーだったんだよね。えなが)
包んでくれていたえながの手を、握り返す。えながが一緒で、本当に良かった。君がいるから、あたしは迷わずに前に進める。
「……どの世界線も為すすべもないな。自分と同じ姿をした異能が人を蹂躙しているのは、なかなか見るに耐えない」
「……だね。あたしたちって、マジで二人いれば世界滅ぼせちゃうんだなぁ」
異能に意識を乗っ取られた沙希とえながが主戦力となって。抗おうとしている人達を片っ端から殺していく未来のビジョンもあった。
そこには天星の姿もある。彼女に使役されているわけでなく、沙希たちの異能にも独立した自我があるようだ。
すなわち、異能としての生存本能。この世界を、自分たちのものにするための。
まるで天星が戦友かのごとく共闘している自分たちの異能に、吐き気を覚えた。
「ここから先の時間軸に、本当に私たちの求める未来があると思うか?」
えながが尋ねてくる。こちらを振り向いた眼差しは、どこか不安げだった。どの世界線も絶望的な未来のビジョンばかり見せられていたら、無理もない。
「わかんない。なかったら、あたしたちはもう終わりってことで諦めるしかないね」
──でも、あたしは結構信じてるよ。希望はどんな未来にもあるって。
沙希は言う。そしてえながに笑いかけた。
不安はある。でもきっと大丈夫だって思える心もある。それも、一人じゃないから。君が、すぐ傍にいてくれているから。
「ちょっと前までのあたしもさ、人のこと、自分たちのことをただ差別するだけの奴しかいないって思い込んでた。あたしたちと他の人達は違うんだって。……でも、そうじゃない。あたしたちのことをちゃんと考えてくれている人達もいるし、あたしたちも。やっぱり人間なんだよ。ちょっと個性的なだけで」
蛇足が飛び抜けていく未来のビジョンは、更に時間を進めていく。数十年。数百年。
もはや世界は、異能のものになっている。残された人達はそんな異能に抗うレジスタンスになっていた。
人々は虐げられ、文明も生活も失い、明日がどうなるかもわからないような状況だ。それは、少し前まで、籠の鳥だった自分たちの境遇とよく似ていた。
まだ、求めていた未来は見つからない。でも、それでも。進む。進むしかないのだ。
「だからあたしはさ、人間のこと、信じてみようと思ったんだ。いつかいい人達が。生き延びた人達が、こんなクソみたいな未来を変えてくれる可能性を。人間ってしぶといんだぜって、悪い奴ばかりじゃないんだぜって。あたしたちに示してくれるその世界線を、信じたい」
この世界もまだ、あたしたちに優しいんだってことを。期待してるから、お願い。その可能性に、辿り着かせて。祈るように、進む。ただひたすら、時代を突き進む。
ふと目の端に捉えた、子供が産まれているビジョン。日本で、天星の異能の共鳴から免れた人が生き残っていたみたいだ。そんな人達が子孫を紡いでいる。
(これって、もしかしたら)
絶望ばかりの状況の中の、一筋のか細い希望。それが見えた気がした。
「えなが。あの世界線を追ってみて」
「任せろ」
えながは理由も聞かずただ沙希を信じてくれて蛇足の進路を変える。沙希もただえながを信じた。その繋がりもまた、あたしの希望。あたしたちの希望。
異能たちに虐げられつつも、生き残った人達は小さなコミュニティを作り、営みを続ける。壊された文明の上に、また新しい文明と生活を築いていく。やっぱり人間はしぶとい。
もちろん、いいことばかりじゃない。少ない物資を巡って、人同士でも争いは起きていた。
異能達との戦いもある。特殊能力に対し、人々は様々な対策も打つも蹂躙されるばかりだ。
少しずつ少しずつ。人としての人類は滅んでいく。そんな世界線ばかり。でも、それでも。か細い光を、手繰り寄せる。手探りで、探っていく。
「あっ。あれ。見て、えなが」
沙希は指を差す。その先。先ほど見つけた日本人の赤ちゃんが、成長していた。
彼女は両親を既に失っていた。父親が異能を発症して、目の前で母親を殺したのだ。異能が支配する世界でも、人が異能を発症する危険性はまだあるのだ。それが争いの種にもなり、更に悲劇を広げていく。
でもその人は。希望を見失わず、異能に対する研究をして、それを続けていた。
その目には、光がある。まだ希望を。人間の未来を信じている。
「あの人を追うぞ。沙希」
「うん」
無数の世界線の中で、その未来だけは。どこか目を引くようなものがあった。もしかしたら。そんな僅かな可能性にも、震えてしまいそうになる。
「ッ……」
「大丈夫か、沙希」
「まだ、平気。でも、そろそろやばい。異能に、乗っ取られそう」
先程からずっと、膨れ上がる異能の気配と沙希は戦っていた。意識がぐらつき、少しでも集中を絶やせばあっという間にそのまま呑み込まれてしまいそうだ。
きっとえながも同じなのだろう。先程からずっと沙希の手を握りしめた手が、震えていた。
今追っている彼女の世界線がダメなら、もう終わりだ。二人ともそれがわかっていた。賭ける。あの人に世界の命運を。自分たちの未来を。
異能の研究を続ける彼女にも、異能の脅威や人々の争いの火の粉は降り掛かってくる。
でも彼女に希望を感じて、守ろうとする人達がいた。協力する人達もいた。未来を託して命を賭す人達もいた。
彼女もまた、一人じゃないのだ。託されたものを背負って、突き進んでいるのだ。
だが、やがて彼女の身体も、異能が蝕み始める。彼女は異能適合者のようだったが、異物へと開花しつつあった。それでも自分自身を研究材料にしながら、彼女は懸命に戦い続けていた。
タイムリミットは、刻一刻と迫りつつある。彼女にも、沙希達にも。
ダメなのか。焦りが芽生え始めて、段々気を保てなくなってきた頃だった。
「……あ! えなが!」
「……ああ! 私にも見えた!」
蛇足が一気にスピードを上げる。
見つけた。人間が、異能に適応した世界線。唯一の、本当に僅かな可能性。
彼女が、人間たちを蝕む異能に対する特効薬を見つけた。特効薬というか、特効異能だ。
数百年前の今。天星が人々に異能を発症させた方法からヒントを得たらしい。
彼女自らの異能を変化させ、人間の身体に適応させた。もうこれで異能は人の一部になり、異物へと開花することはなくなった。
そして彼女はその異能を使い、異能適合者、発症者の人たちを治療していく。異能に適応させていく。
そうして異能に適応した人たちを集めて、異能を一つに合わせる。その波長を繋ぎ合わせて、世界中に広げる。
数万人集まった人たちの、人間に適応した異能。各地にいる人たちのそれが波長となり繋がっていき、自我を持った異能たちを呑み込んでいく。
異能は人間の一部になった。だから異能は、人なしでは存在できなくなる。
そしてその異能の波長に呑み込まれた異能たちは消滅していく。再び、人間の世界が、未来がやってくる。
「えなが、もう少し下行ける? オッケー、受け取れた! ありがとう」
異能の時代が終わった未来のビジョンを。沙希は蛇足から手を伸ばして両手で包み込む。
ビジョンの向こう側。世界を救った名も知らぬ彼女が、一瞬だけ沙希を見たような気がした。
その目が言っていた。世界を救って、と。こんな未来が、訪れることのない世界を取り戻してほしいと。
(……うん。きっとあなたが今から数百年後に産まれてくる世界は。きっと素敵な未来だよ)
その気持ちを、確かに受け取った。未来の、これからの人達のために。あたしの全部、懸けるよ。
「沙希。その未来をどうするんじゃ」
「こうするの!」
未来を包み込んでいた手を、大きく広げた。まるで掌いっぱいに集めた花びらを、空に向かって舞い上がらせるみたいに。
沙希たちを囲むようにして広がり続けていた未来全部に。この世界線が伝わっていく。悲劇や絶望に染められていた時間が全て。一つの未来に収束していく。どこまでもどこまでも、その光は広がった。
「沙希、今のは……」
「うん。あたしたちの今まで、さっきの未来の可能性を届けた。だから、天星が支配する世界線は、なくなったの」
沙希はえながに微笑みかけて、ぎゅっとその手を握った。それから離して、ゆっくり蛇足の背から立ち上がる。
「……えなが。最後までありがとね。えながのおかげで、私、ここまで出来た。楽しかったし、嬉しかった。君と出会えて、本当に良かった」
「沙希……? どうした……? これから戻るんじゃろ? 私たちの今に、二人で」
「戻れるのは、えながだけなんだ。……ごめんね」
遥か先の未来線の可能性を今に届けるには、たくさんのエネルギーがいるから。それに沙希は、自らの存在を懸けた。
どんな結果にも、代償は伴うのだ。
「幸せになってね、えなが。さよなら」
「えっ、沙希……⁉」
沙希は最後に笑うと、ゆっくり背中から落ちていく。時空の狭間の中へ。落ちたらきっと存在は溶けて、消えてなくなってしまうだろう。命を使うこと。それが、この結果のための条件だった。
(あたしたった一人の命で。世界の未来を、みんなの未来を。……えながの未来を救えるなら。安いよね。いいんだ、これで)
頭を刹那過る、これまでの短い人生の走馬灯。悪い思い出ばかりじゃなかった。そう思える。それが、誇らしい。
えながは立ち上がって必死にこちらに手を伸ばそうとするが、間に合わない。それでいい。それでいいんだ。沙希は自らの身体を、落ちていくのに任せる。どこまでも穏やかな気持ちだった。
「──ダメだよ、沙希ちゃん。えながをまた独りぼっちにしたら」
その手が、掴まれた。目を開ける。
空中に浮かんでいた欠片が。蛇足の背から零れ落ちた沙希を掴んでいた。
「私は所詮、丹波欠片の異能でしかないんだけどさ。命には変わりないっしょ? だからその代償は私が払うよ。安いもんさ、それくらい。だって、もう無くなっちゃったんだもん。あるべき形ってのも、あるよね」
「欠片ちゃん……? どうして……?」
「私、えながとパートナーだったからさ。沙希ちゃんの異能とも相性いいの。だから、付いてきちゃった。こんなこともあろうかと。間に合って、良かった」
欠片はぐっと腕に力を込めると、一気に沙希を引っ張り上げた。そうして、蛇足の背に戻す。
そして欠片自身は。時空の狭間へと、その身を投じていく。
「欠片……!」
えながが蛇足の背から覗き込む。沙希もそれに倣った。落ちながら、こちらを見てにっこりと笑った欠片は。親指を立てて見せる。
「欠片から伝言! 沙希ちゃん。……えなが。天国で逢おうぜ、ベイビー!」
欠片の姿は。すぐ時空の波に呑まれて、見えなくなってしまう。その瞬間。
沙希たちの視界は真っ白な光に包まれる。意識が。身体のある現在へと、戻っていった。
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