最終話「異能に咲いた私たち」②


  2


 意識が。今へと戻って来た。

 沙希は腕を見る。身体を蝕みつつあった増幅した異能。黒いひび割れが、消え失せていた。

 人間が、異能に適合できた。異能が完全に人間の一部になったのだ。だから、意識を乗っ取られて暴走することもない。異物に開花することもない。

 天星が異能を発症させた日本中の人口全員。誰もが、異能適合者だ。異能はもう、人類の脅威ではなくなった。

 そういう未来を。沙希とえながが、今に繋げたのだ。

 道路、ビルの上。建物の中。見上げた沙希の視界一杯に犇めいていた、天星たちの異能が。

 消えていく。異能は人間の一部になった。だから独立したものとしては、存在し得なくなったのだ。

「何、だ……? ……何をした。姫沼沙希、九十九えなが……ッ!」

 空中に浮かび上がっていた天星。事態の異変に気付いたらしい。引き攣った形相で沙希たちを睨んでいた。

 沙希はえながと一緒に、にやりと得意げに笑いかけてやる。

「お前がアシストしてくれたんじゃぞ? 私らのおかげでそっちの異能も強化されたようじゃが、上手いことカウンターが入ったなぁ?」

「人間って、案外しぶといんだよ? お前が想像も出来ない数百年後。人間はお前に打ち勝つわけ。ほら、これがお前の大好きな冥土の土産って奴。存分に受け取んな」

 人間に収まっていなければ、異能は存在しえない世界線になった今。天星も例外じゃない。

 その存在が消えかけていた。身体が薄くなり始めている。だがさすがにしぶとい。すぐには消失しないようだ。

「この……ッ! クソ餓鬼どもがぁッ……!」

 天星が空に向かって手を突き上げる。途端、沙希たちに掛かる巨大な影。

 黒炎を帯びた、隕石のような球体。轟々と燃え盛る禍々しい音と、肌を焼きそうな熱がここまで伝わってくる。あれを落とす気か。往生際の悪いやつめ。

(くっそ……っ。やばい)

 まだ身体が上手く動かない。異能も、ちゃんと働かない。さっきまでの余波だ。周りにいるみんなもえながも、同じような状況らしい。

 ここまで来たのに。死んでたまるか。約束した。欠片ちゃんに託された。それを無駄には絶対にしない。

 何とか抗おうと、天星を見上げた途端。天星が爆発した。いや、爆発に巻き込まれて吹き飛んだ。

 瓦礫の破片が。彼女に向かって一直線に向かっていくのが見えた気がした。

「……歩優の仇や。バケモンが」

 いつの間にか、沙希たちの傍に立っていたのは、秋菜だった。瓦礫に爆発の異能を付けてぶん投げたのだろう。

 打ち落とされた天星は、道路へと墜落した。同時に頭上にあった黒い炎球も消え失せる。天星の異能が途切れたのだ。

「秋菜ちゃん。ナイスコントロール。いい肩してる」

「歩優とよくキャッチボールしとったから。……姫沼さん、九十九さん。皆さん、すみませんでした。私、勘違いして迷惑ばっかりかけて……」

「いいんじゃ。今ので全部チャラじゃな。むしろお主は命の恩人じゃよ」

 沙希とえながは何とか立ち上がることが出来た。まだ頭を下げたままの秋菜の肩を撫でて、顔を上げてもらった。まだ辛そうな表情の彼女に笑いかけて、少しでもその気持ちを紛らわせてあげたかった。

「大丈夫だからね。色々落ち着いたら。歩優ちゃんのこと、ちゃんと弔ってあげよう」

 沙希の言葉で体のこわばりが解けて、その場に崩れ落ちた秋菜の肩を。また撫でてやって沙希たちはその場を離れる。

 智尋の異能と、対面した桃色を見つけたのだ。智尋の身体は、消失しつつあった。彼女もまた、異能なのだ。

「……ごめんね。わかっているだろうけれど、ボクは智尋じゃない。それでもこうして、また君と。会えて本当によかった。心があるかはわからない。でも、心からそう思うよ」

「……うん。私も、会えてよかった。ありがとね。一緒にいてくれて」

 桃色は身体が透け始めている智尋に向かって、そっと両手を広げた。智尋は迷うことなく、ぎゅっと彼女を抱きしめる。

「ボクは彼女の異能だから、わかる。桃色のこと、本当に大切に思っていたよ。……幸せになってね。君と過ごせた時間全部。神木智尋は幸せだったから」

「うん。……うん。いっぱいお土産話、持っていくから。ちゃんと行けるように頑張るから。天国で待っててって、伝えてね」

「伝えるよ。……またね」

 桃色を抱きしめたまま。智尋の異能はやがて完全に消えてしまった。まるで空に舞い上がった彼女を見送るように。空っぽの腕を広げたまま、桃色は空を見上げていた。不思議と空は、晴れ渡っていた。天国の梯子が、掛かっている。

「……桃色」

 沙希がそっと呼びかけると、桃色は振り返る。微笑んでいた。

「お別れ言えて、良かった。サッキィもツックーも、ありがとね」

 そう言った彼女たちはいつもの彼女にも見えた。でも沙希にはわかる。きっとえながにも。その笑みに、寂しさと悲しみが溢れてしまっているのを。

「……まったく。辛いなら辛いって素直に態度に示せ。お主たちは本当に、素直じゃない奴ばかりじゃ」

「えながが言わないでよね。でも、桃色。泣いたっていいんだからね? 今くらい、配信者の桃色じゃなくたって」

「いいの。もういっぱい泣けたから。これ以上泣いちゃったら、智尋も天国で落ち着けないでしょ?」

 そんな風に気丈に振る舞う彼女を、沙希とえながはぎゅっと抱きしめてやる。何故か、真凛と、大ファンである日南もそれに混じった。

「……みんな。ありがと。私はもう元気いっぱいになったから。……あっち、行こうか」

 桃色が視線で示した先。

 凹んだ道路に倒れ込んだ天星を、七竈に透子の異能、そして鏡花を中心に、他のみんなが囲んでいた。

 天星に攻撃の気配はない。彼女はもう、抵抗を諦めたのか。

「……ここまでする必要あったか。どうしてこんなことしたんだよ、お前」

 しゃがみ込んで倒れた天星を覗き込んだ七竈が、そう聞く。ほとんど身体が透けて消えかけた天星は、ふっと力が抜けたように笑う。

「この世界に、私の居場所なんかなかっただろう? 私は、本当の意味で異物だったんだよ。人間にとっても、君たちにとっても。だから、生きていたかった。生存戦略だよ」

「で、世界征服か。短絡的すぎるだろ。……私らのとこ来てくれたら。力になれたよ。お前は、そうするべきだったんだ」

「でも、私は天城續じゃない。君たちが受け入れてくれるわけが……」

「受け入れるに決まってんだろ。何でこんなことやる頭は回るのに、そこは考えなかったんだよ。ほんと、不器用な奴だな」

「……そうだね。私は、そうするべきだったのかもしれないね。自我が出来た時に、そうするべきだったんだ。遅すぎたんだね」

 天星の視線が、傍に座り込んだ鏡花を捉えた。その眼差しは。今まで見たことないくらい、穏やかで、優しかった。

「……ごめんね、鏡花。私のわがままに巻き込んでしまった。この子は私に唆されただけさ。咎めないでやっておくれ」

「天星様。……私は、天星様に認めていただけて、幸せでした。今までにないくらい。この世界にとっては、悪いことだったことをしたかもしれない。でも、私はあなたと過ごせた時間を、後悔していません」

 ぎゅっと。鏡花が天星の手を握る。すると天星は目を丸くして、それから微笑んでいた。初めて見た、子供っぽい素の笑みだった。

「……そうか。ありがとう、鏡花。私を一人にしないでくれて」

 目を閉じた天星の姿は、透き通っていき。やがて完全に消えてしまう。

 鏡花は天星の手を握っていた自分の手を。胸元に持ってきて、涙をこぼした。

 その肩を。屈み込んだ透子がそっと支えた。

「これからいっぱい、困っている人を助けてあげて。あなたの力を必要としてくれる人も、認めてくれる人も。必ずいるから」

 そう言って微笑んだ彼女は、本物の透子のようだった。

 立ち上がると、まっすぐに沙希たちと、七竈を見た。

 彼女の身体もまた、透明になりかけていた。

「……さてと。私も、もう行くね。七竈、申し訳ないけど、後のことはよろしく」

「……おう。向こうで續によろしくな」

「出来るだけ、幸せな長生きしてね」

 ――みんなも。言って透子の姿もまた、消えてしまった。

静まり返ってしまう。いなくなってしまった人たちの隙間が、その場に広がっていくように。

 皆、何も言わずとも。その場で目を閉じて、黙祷した。失われたものや、命のために。

「……さてと。じゃあとりあえず、学園上層部の奴ら、一旦ぶっ飛ばしに行くか」

 七竈が立ち上がって、自分の拳と掌をぶつけて言った。

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