最終話「異能に咲いた私たち」エピローグ 〈了〉


  4年後

  エピローグ〈森郷秋菜〉


「……歩優。ごめんな、ちょっと遅くなって。大学の課題とか、色々立て込んでたんや。でも、今とっても楽しいよ。歩優のおかげやな」

 秋菜はしゃがみ込んだ墓石の前に花を添えて、線香を立て。手を合わせてから語りかける。

 特別な権限で、歩優の墓を作ってもらったのだ。今はない、異能特別学園側の資金で。自分たちのかつての活躍で、その人たちはずいぶんたんまりと儲けていたらしい。なら、これくらいポケットマネーから出してもらってもバチは当たらないだろう。

 秋菜は大学へと進学した。誰かを傷つけた分だけ、誰かを助けたかった。助けを求めていても、声を上げられない人は山ほどいる。だから、弁護士になるために法学部に入った。

 もちろんその資金も、元学園側からたっぷりせしめた。

「……結局、私一人だけ生き延びて。こんな好き勝手に生きさせてもらってる。ごめんな、歩優。ほんと、何回言うんだって感じやけど」

 秋菜は手を伸ばし、歩優の墓石に触れる。

 彼女はここにはいないのだろう。きっと今、天国で忙しくしている。私とおんなじように。だから私も頑張らないと。そっち側に、ちゃんと行かせてもらえるように。

「世界は、というかこの国は、大きく変わったで。みんな異能持ちになって、法律とかも新しく作り直さなあかんみたいでてんやわんやや。……でもきっと、いい方向には進み始めてると思う。いや、私らが、そういう方向に進ませるわ」

 天星との戦いの後。やむを得ず、沙希とえながが発動させた力。

 異能を発症させられた日本中の人達を、全員適合させる。そんな未来の効果を今に引っ張って来たらしい。ほんと、めちゃくちゃする人達や。

 そのおかげでもう、今この国に異能を持たぬ人はいなくなった。異物化に怯える必要もなく、異能はただの超能力というか、個性に成り代わりつつある。

 もちろんそれに合わせて、この国もこの世界も、急速に変わっていかなければならない。人々も、そして、自分たちも。

「……さてと。そろそろ行くわ。今度はすぐ会いに来る。……ちゃんと会えた時はさ、いっぱいお土産持っていけるように努力する。じゃあ、またな」

 墓石を撫でてから、微笑みかける。欠かさずに綺麗にしに来ているから、ピカピカだ。自己満足かもしれないけれど、それでいい。歩優のために、私のために。生きていくために。私は歩優を、悼み続ける。

 秋菜は歩優に背を向けると、意を決して再び前に歩き出した。


  エピローグ〈鏡花〉


 サイコキネシスで、折り重なった瓦礫をどけていく。閉じ込められていた人を見つけた。

「もう大丈夫ですよ。あなたは助かったんです」

 鏡花がこの国の言葉で拙く呼びかけると、そこにいた人たちは感謝の言葉を現地の言葉で伝えてくれた。鏡花の周りにいた、家族の人達も。

「怪我、しているみたい。治してあげて」

「はいよ。鏡花、少し休めよ。お前、ずっと昨日から寝ないで働いてるだろ」

「まだ逃げ遅れた人たちがいっぱいいるみたいだから。もう少し、頑張ってみる」

「……まったく。いいけど、無理しすぎんなよ。お前が倒れてたら世話ないんだからな」

「その時は、恭介に介抱してもらうから平気だよ」

「お前な。人の仕事増やすなよ」

 恭介と呼ばれた鏡花より年上の男性が、他の医療チームを伴って今鏡花が助けた人の治療にあたる。鏡花も、そっと慎重にその人を瓦礫の中からサイコキネシスで出してあげて、ストレッチャーに乗せた。

 まだ倒壊した建物は山ほどある。この国の、この町に。大規模な地震が起きたのだ。日本と違い耐震度のあまりないこの町の建物はそれに耐えきれなかった。

 鏡花は。日本から出て、海外の国を転々としていた。紛争地域や、今のように災害に起こった場所の救助活動や、貧しい村などの配給などに携わっている。

 助けを求めている人たちは、どこにでもいる。その人たちに、少しでも手を差し伸べられるように。少しでも取りこぼさないように。鏡花は走り回る日々だった。

 最近は、恭介たち日本の医療チームと一緒に行動を共にしている。妙に息が合って、何となく馬も合ったのだ。一応鏡花もその国の言葉は勉強しているが、多国語に精通している彼らエキスパートと一緒にいるのはメリットでもあった。

 彼、彼女らの医療に国境はない。皆、治療に相応しい異能を持ち合わせ、どこまでも人を助けるという信念で動く人たちに、鏡花も心打たれた。世界は、やっぱりまだ広いし、捨てたもんじゃない。そういう人たちが、いてくれるから。

「よっ。お疲れ。結局こんな時間まで掛かっちまったな。あらかた人は助けられたよ。死亡者が出なかったのは鏡花、お前のおかげだ」

 深夜。すっかり真っ暗になった中、鏡花が野営のキャンプから少し離れた場所に座っていると、恭介が声を掛けてきた。「隣いいか?」と許可を取ってから椅子を持ってきて座る。

「……お疲れ。大げさだよ。私はただ、邪魔なものをどけただけ。人を助けたのは、恭介たちのおかげでしょ」

「その人達を助けられたのは、鏡花のおかげだ。お前はよくやってるよ。それだけは、認めてやってくれ。何だか、自分を痛めつけてるみたいに見えるからさ」

 恭介は笑い、湯気の立つココアが注がれたティーカップを鏡花に差し出してくる。鏡花は礼を言ってそれを受け取った。ふうっと息を吹きかけて口に運ぶと、その温かさが疲れた身に染みるようだった。

「……お前さ。このチームにはいつまでいてくれるんだ?」

 ふと恭介が聞いてくる。

「考えてないけど。そろそろ、一人で別の国に行こうかな。ごめんね、長いことお世話になっちゃって」

「そんなのいいよ。今更水くさい奴だな。……あのさ。お前さえ良ければだけど。このままここに、いてくれないか?」

 鏡花は思わず振り向く。月明かりだけが照らす薄闇の中でも、目を逸らした恭介の耳が赤らんでるのがわかった。

「ていうか、いてほしいんだ。チームとしてじゃなく、俺個人として。お前と一緒に、いたい」

「……知ってると思うけど。身体はまだ男のままだよ、私」

「知ってると思うけど、俺がそんなの気にすると思うか? いや、違うな。そういうお前だから、いいんだよ」

 恭介がこちらを見た。その真っすぐで、どこか照れたような眼差しを受けて。

 鏡花は泣きそうになるのをごまかすように笑って、口を開いた。


  エピローグ〈満島日南、半沢アズマ、本条喜多美〉


「ん……」

「あ、日南起きた? おはよう」

「日南、おはよう、ます」

 目を覚ますと同時に。両耳から優しく囁く声がそれぞれ聴こえて、日南は一気に覚醒した。

「ちょっ……! 喜多美、アズマぁ……! また勝手に私のベッドの中入ってきてぇ……!」

「日南が寝ぼすけさんなのが悪いよ。起こしに来たらそんな可愛い顔で寝てるんだもん。我慢できるわけないよね? アズマ」

「うん。私も喜多美に便乗。日南の抱き心地、想像以上」

 道理で温かくて柔らかくて。寝心地が良すぎると思ったら。日南の部屋にやってきた二人がそのままベッドに入ってきて左右に添い寝してきているようだ。

 あれから。中学二年生へと進級した日南たちだった。異能学園の団体が空中分解し、拠り所のなくなった喜多美とアズマを、日南の家に引き取ることになったのだ。

 以来、同じ屋根の下で。三人仲良く暮らしている。色んな意味で。

「今日お休みだしさぁ、もうちょっとお寝坊しちゃおっか。ねぇ、アーズマ」

「お寝坊な日南のためには致し方なし、ます」

「いや、もう起きたんだけど……。ていうか、二人とも何かあっついと思ったら何も着てなくない!? 何で!? 朝だよ今!?」

「これは暑くなって来たから気づいたら、ねぇアズマ」

「決して日南に朝這い掛けようと二人で結託したわけじゃない、ます」

「いやちょっと……! んぁっ、喜多美、耳かぷかぷしないで……っ。アズマはぁ、パジャマの中に手入れてこないでよ……っ」

 掛け布団の中で喜多美とアズマに思い思いに触れられて。日南の身体は早くも反応してしまう。朝起きたばかりなのに。

 きっとまだ昨日の余熱が冷めてない。週末だからと、日南は喜多美と日南、両方をひたすら攻め倒したのだ。それで、今日さっそく仕返しという心づもりらしい。寝起きを攻められては、なすすべもない。

「日南ー、喜多美ちゃん、アズマちゃーん? 朝ご飯出来てるけど? お休みだからってずっと眠ってたらダメだよー?」

「げっ、お母さん……! ちょっと待ってドア開けないで!」

 部屋の前に来たらしい母親が声をかけてきて、日南は慌てる。が、当の喜多美とアズマは特に動じた様子もなく、唇と指で日南の身体を弄んでいる。

「何だ、起きてるの。三人ともほんと仲良しなんだから。早く一階に降りてきなさいよー」

「わ、わかった……。てかお母さん、喜多美とアズマが私の部屋にいるって何でわかってるわけ⁉」

 母の気配が部屋の前から遠ざかって行ってほっとするも、一息はつけそうにない。喜多美の唇の触れ方とアズマの指のなぞりに本格的に熱が入り始めている。

 敏感な場所を同時に攻められて、日南の口からも朝から熱っぽい声が溢れ出す。

「んぁっ……! ねぇってば二人とも……っ。朝ごはん食べに行かなきゃ、行けない、のにぃ……っ。ひ、あぁ……っ」

「えー? もうちょっと遊んでこうよぉ。朝から日南の感度すごいし、いじめたくなっちゃった」

「私たちが、一旦始めると止まらなくなるの。日南、知ってる、ます」

「もぉお……っ。後で怒られても知らないからね……!」

 結局三人が朝食に降りたのは、お昼になってからになった。


 エピローグ〈青鷺芳翠、香坂蒼、鎌足朱里〉


「こういう構成はどうかしら。相手はそれなりにクイズ上級者なのでしょう? まあ、私たちほどではないと思うけど。これくらいは解いてもらわないとね」

「これは奇遇ですね。私もまったく同じ構成を考えておりました。やはり、芳翠と私の思考は似通っていますね。……面白い」

「……こっちそっちのけで盛り上がってんな、あっち。ずっとクイズの話しかしてないんだけど」

「どっちもクイズクレイジーだからな、蒼! それが相まって会社まで立ち上げたクレイジーっぷりだ! 私もさすがにドン引きだぞ!!」

「朱里、うるさい。個室貫通してるから声が。音亜ちゃんもごめんね、こんな場に呼んで」

「いえ、蒼様たちと会いたかったですから。ありがとうございます。理央姉もずっと楽しそうだし、芳翠様には頭が上がりません」

「あー……こっちこそ、ありがと。うちのクイズバカに付き合ってくれて。おまけに色々巻き込んじゃって」

 都内にある居酒屋の個室である。

 蒼、芳翠、朱里は久々に顔を合わせて飲みに来ていた。天星絡みの騒ぎで出会った荒犬姉妹、理央と音亜も一緒だ。

 芳翠は、最近会社を立ち上げた。法人化した、というのが正しいのか。

 同じクイズ好きの理央と出会ったことで更に熱が入ったのか、芳翠はクイズ絡みで動画サイトに投稿を始め、その迫真っぷりと東大生ですら苦戦する問題内容でかなりバズった。

 そこからクイズ番組の構成に呼ばれたり、問題作りをしたり、おまけに自分たちのクイズ番組まで立ち上げられる大盛況ぶりだった。

 そして一緒に活動していた理央と、会社を立ち上げたのだ。クイズ制作の依頼は途切れないようで、それに動画投稿なども相まって多忙な日々を送っているらしい。

「そういえば、朱里様。この前の試合はなかなか刺激的でしたね。お互いの鍛え抜かれた肉体、磨かれた異能のぶつかり合い。格闘技に疎い私も、さすがにテレビ越しでも圧倒されてエキサイトしてしまいました」

「観てくれていたのか! ありがとう、音亜!! なかなかの強敵で接戦だったが、見どころ満載だっただろう! エアークラッシャー朱里VSボンバータックル美月!! おかげで大盛り上がりだったし、何とか勝てた! だが相手にとって不足なし! どっちが勝ってもおかしくなかった!! 次は会場に招待するぞ!! 音亜も!」

「ちょっ、うるさいうるさいうるさい朱里。まくしたてないで苦情来るから。あんた一応有名人なんだから、もうちょっと自覚持ってよ」

「わはは! すまん蒼! これが私だ!!」

「……朱里様は賑やかで素敵ですね」

 音亜は微笑ましそうにやかましい朱里を見ている。……この空間でおかしいのは自分なのだろうかと、蒼は疑いたくなった。いや、負けないぞ絶対こんな勢いには。

 朱里は高校を卒業すると、格闘技の道に入った。異能を使うこともありの総合格闘技の世界で、朱里はすぐさまのし上がって、様々な大会でタイトルホルダーになり、あらゆるところから引く手あまただ。海外の大会にも出張っていくこともある。テレビでもよく取り上げられ、何気なくニュースを眺めていたら朱里の姿を見かけることが多くなった。バラエティ番組などにも顔を出しているらしい。まあ確かに朱里のこの単純明快な愉快な性格はお茶の間に受けやすいのだろう。すっかり有名人だ。

(……何か。この二人と比べたら私が地味に思えてくるな……。いや、そんなことなくない? こいつらがおかしいんだよね?)

 少しへこみそうになる。

 蒼は国立大の医学部に入っていた。六年制で、実習と座学に追われる日々だ。

 医者を志したことには、人の体内から毒など有害物質を取り除ける自分の異能も関係していた。これが、誰かの命を救えるんじゃないか。それなら、知らなければならない。もっと人の身体のことを。命を救う方法を。そう思ったのだ。

「音亜ちゃんは、今大学二年生だっけ。将来のこととか、もう考えてるの?」

「とりあえず、将来的にも安定した公務員になろうかと。私は理央姉みたいに大冒険は出来ないタチですから」

「音亜ちゃん……! よかった……! ようやく普通の感覚を持った仲間に会えて……! ありがとう音亜ちゃん、ビバ普通!」

 少し感激して音亜に向かって手を差し出すと。何故か音亜は蒼の手をがっと掴んで引っ張って、そのままぎゅっと抱きしめてくる。

「蒼様、私もとても大好きでございますよ。お付き合いしますか? この後、ホテルなどに赴きますか?」

「……音亜ちゃん、酔ってる? って、酒臭っ! めっちゃジョッキ空いてるし! 酔っぱらってるでしょ!」

「……呑んでないにょ」

「朱里! 歌ってないで水持ってきて水!」

「それでは第一問いきます!! アマゾ……」

「ピンポーン! ポロロッカ!」

「芳翠! 理央! 勝手にクイズ大会始めるな! 長くなる! 誰か助けて! イカれた奴らしかいない!」

 阿鼻叫喚の蒼だったが、この後ヤケクソで酒を呷り、笑い上戸になった挙句眠りこけて朱里に肩に乗せられて家へと連れて行かれることになるのだった。


  エピローグ〈高目真凛、──(旧シスター・ゴリラ)〉


 マンションの自宅に辿り着く。明かりが窓に灯っているのは確認したので、彼女はもう帰ってきているのだろう。

 玄関のドアに左手を掛ける時。真凛はいつも、その薬指にはめられた指輪に視線を落とし、目を細めてしまう。

 仮の指輪ではなく、本物の結婚指輪。二人で選んだ、愛の結晶。その内の一つ。

 幸せを噛み締めずにいられるだろうか。だからやっぱり家に入るまでは、少しだけ心の準備がいる。幸せすぎて、死んでしまわないように。長生きするつもりだ。二人で、どこまででも。

「ただいま、──」

 彼女の名前を呼びながら、扉を開けて中に入っていく。フォーマルパンプスを脱いでいると、待ちかねていたように足音がこちらに近づいてくる。

「おかえりなさい、真凛。今日も社長業、遅くまでお疲れ様」

「──。ありがとう。わざわざ出迎えに来てくれたのかしら?」

「だって、待ち遠しかったんだもん。真凛と早く、会いたくて」

 やってきてくれたのは、シスター・ゴリラ。今はもう、自ら授かったその名前を名乗っていない。昔、真凛に会った時の。彼女とお付きの黒川しか知らない名前に、再び彼女は戻っていた。

 シスターの服装もやめて。今は髪を後ろで編み込み、エプロンを着けている。もちろんピアスは更に耳に増えて、唇の下にも付いているし、真黒なエプロンの生地には笑う骸骨が描かれていて『Hell's Kitchen』とその下に綴られていた。独特な彼女の感性が、真凛は愛おしい。

「あなたってば。わたくしを喜ばせるのが本当にうまいんだから。……エプロン。ということは、もしかしてまた夕食を用意して待っていてくれたのかしら」

「ご名答。来て来て? 見てもらいたくて、ずっとうずうず待ってたんだから」

 真凛のスーツの上着を受け取りつつ、彼女は真凛の手を引いて招いてくる。頬が緩むのを抑えきれずに、真凛は子供のような彼女に付いていく。

 シスターをやめた彼女は、以前よりずっと幼く、無邪気になった印象を受ける。これがむしろ、本来の彼女なのだ。

 以前から取り決めていた通り。高校卒業と共に、真凛は彼女と共にハワイへと赴き、簡単な挙式をした。参加者はずっと一緒にいてくれた黒川だけの三人の結婚式だったが、とても幸せな場だった。

 一番大好きで愛おしい人と結婚できる。そんな当たり前が出来ること。それがこんなにも温かくて、幸せなものなんて。想像以上に、想像以上だった。何なら今だって噛み締めている。彼女に手を握られて、家の中へ帰っていくこの瞬間も。

 真凛は高目グループの代表取締役としての業務をこなしつつも、国立大の経済学部に入って勉学にも励んでいる。学歴も、社会や経済に対する知識も、この世界には必要なものだ。多忙な日々だが、自分が決めた道。妥協はしたくないのだ。

 そんな真凛に対して、彼女は同じ経済学部に入ってくれた。将来、真凛のサポートもしたいし、彼女も自分なりの道を見つけるために。

 真凛の隣に立っていても。妻と名乗っても恥ずかしくない人になりたいのだと、彼女は言ってくれた。……もう充分すぎるほど、あなたは立派なのに。愛おしい。

「じゃーん! いかがでしょう。すげーでしょ? めっちゃ頑張った」

「えっ、すご……。天才? 神の申し子……? 三ツ星店のシェフの転生……? わたくしの嫁すごすぎない……?」

「神はいねぇしシェフの転生でもないけど、私なりに頑張ってみた。褒めてもらって、マジ感謝感激雨あられ、ありけりなり」

 照れた様子でもじもじする彼女の両手。絆創膏がいくつか巻かれている。頑張ってくれた証。

 そして食卓に並べられた料理の品々。ほっくほくの肉じゃがに、アボカドのサラダ、そしてお味噌汁に、玄米のご飯。

 和食が大好きな真凛に合わせてくれたらしい。指のケガも厭わずに。感動が一気に彼女への愛情へと昇華していく。

「じゃあ真凛? 晩メシにする? 風呂? それとも……」

「即決、あなた」

 ぎゅっと抱き寄せて、彼女の唇を奪う。抑えきれなくて、すぐ舌が入った。その息遣いも感触も、弄ぶ感覚も全部わたくしだけのもの。わたくしだけの人。

「……は……。真凛、キスが長い。料理、冷めちゃうでしょ」

「ごめんなさいね……? あなたがあんまりにも愛い愛い愛いから。愛い愛いすぎて愛い愛いしたくなったの」

「じゃあもっと、愛い愛いする……?」

「愛い愛いするわね、即決」

 息を乱した顔を赤らめた彼女の唇を、再び深く奪おうとした時。

 鋭い咳払いが聞こえてきた。見ると、黒川が不満げにこちらを睨んでいる。

「……そういうことは。私が帰ってからしていただけませんかね、お嬢様方」

「く、黒川、いたの……。言ってくれればよかったのに」

「ご挨拶いたしましたが、真凛様のお耳には全然入ってなかったみたいですね。おかげで新婚のイチャイチャをモロに喰らって胃もたれ起こしました」

「黒川さん、私のメシ作りを手伝ってくれたの」

「はい。お手伝いだけで、ほとんど──様が自分でお作りになられてましたよ。さあ、愛い愛い方の愛情を、冷めないうちに召し上がってください」

「そうね、せっかくだし一旦ご飯にしましょうか……」

「……真凛様? 今、私のことを邪魔だと思いましたね? 心を読む異能で伝わってきましたよ」

「黒川さん。真凛の大人の玩具の隠し場所も教えて。今度、それめっちゃ使いたいから」

「……わたくし、もしかして人権とかない?」

 黒川も交えて、三人で。和気あいあいとした食卓に、真凛は着くのだった。


  エピローグ〈姫沼沙希、九十九えなが、宝石月桃色、双鈴七竈〉


「……あちー。今日ほんと暑すぎない? 地球、どんどんバグってくなぁ。せっかく気合い入れてメイクしてきたのにぃ」

 扇いでいない方の手でスマホを眺めながら、沙希は本日の気温をチェックする。

「げっ。今日三十三度⁉ まだ六月始まったばっかりなのにさぁ、もう夏本番ってカンジ。やばいねー」

「暑くても、今日のサッキィめっちゃ可愛いよ。いいね、メイクもヘアメイクも。めっちゃキラキラしてる」

「ありがとー。桃色は……もう可愛いを通り越して、神々しい? また一段とお美しくなられて。チェンネル登録者も今すごいよね?」

「三百五十万人越えなり。いぇい」

「じゃあ今日はそれを兼ねたお祝いだ」

 隣を歩く桃色と、沙希は笑い合う。彼女は本当に会うたびに可愛さが突き抜けていくようだ。

 燦燦と照らしてくる太陽ですら、彼女の上からだとスポットライトにすら感じてしまう。周りの人にバレてしまうので彼女はマスクに伊達メガネを着けて変装しているが、正直オーラがすごすぎて周りは気づいてしまうんじゃないかと心配になる。

 沙希と桃色は。渋谷駅前にいた。相変わらず様々な人たちが行き交って賑わっている。常時お祭りのような人だかりだ。

 四年前の天星の騒ぎも、もうなかったかのように東京の街は元の暮らしを取り戻してきている。

 でもそれでいい。それがいいのだろう。人は、やっぱり案外しぶといのだ。

 日本中の人々が異能を使うようになって、少し世界は変わったけれど。相変わらず、世界はそのままマイペースに回り続けている。

 沙希たちもそのペースに乗って、日々を積み重ねていく。正しいのかはわからない。今も、前にした選択も。でもそれでいいと、進み続けるしかないのだろう。迷っていたって、どうせ時間は止まらない。沙希がそれを一番よく知っている。

 沙希は大学に進学して二年目だ。今年の一月に成人式があって、妙な気分になったのを覚えている。自分が、二十歳。少し前までは想像できなかった、普通の未来。それがもう過去だ。

 桃色も大学生と配信者の二足のわらじで活動中だ。彼女の人気はずっと鰻登りだが、将来は配信者一本で行くつもりはないらしい。国際的な仕事もこなしてみたいらしく、海外にも通用するような資格の取得や語学の勉強など。多種多様なことに手を伸ばして、それを配信に活かしたりもする。

 彼女もまた、前向きでしぶとい。やっぱり桃色は格好いい。改めてしみじみと思ってしまう。

 ちなみに学費や一人暮らしの資金などは、元異能学園の運営の裏金から出ている。沙希たち先陣異能者たちの活躍でたんまりと稼いでいたらしいから、自分たちの仕事した分くらいは使わせてもらったって罰はあたらないだろう。少なくとも大学四年間。通えるくらいの資金は余裕だった。

 そして、異能対策部隊の件など、表沙汰に出来ないようなことを知っている沙希たちを、てっきり国は狙ってくると思ったが。

 それは智尋の異能が復元して、残してくれた国のスキャンダラスなデータをちらつかせ封じた。七竈が手を回してくれたのだ。もし自分たちにちょっかい出せば。今まで自分たちに対して行っていた不敬も含めて、全部週刊誌のスクープになる。

 それで今日日まで、沙希たちの生活は保障され続けていた。まあ、いつ仕掛けてきてくれても構わない。返り討ちにしてやるし。

 むしろ、こちらがいなくて困るのは。たぶん、今もきっと向こうなのだろう。

「……あいつ、遅くない? 待ち合わせ場所、ここで合ってるよね? 寝坊かな」

「エナァって、結構朝弱いもんね。一応、メッセは既読になってるけど」

 特徴的な銅像の前で待ちつつ、時計を見る。もう待ち合わせの時間を十分ほど過ぎていた。この人混みだと、来ているかどうかもわからない。あいつ、ちんまいからなぁ。きっと慌てて走って来ているに違いない。

 ふと、妙な気配を感じた。沙希の未来視が自動危険探知モードになる。

「……桃色。なーんか、嫌な感じするんだけど」

「……またかな。最近多いねぇ」

 のんびりと桃色が返してきた時だった。

 遠くの方がざわざわとし始めている。それが沙希たちの方の雑踏まで伝播してきて、みんな何事かと辺りを見渡し始めていた。

 ……あっちか。沙希は察して駅の反対方向を見る。と同時に、スマホに着信。七竈からだ。

「七竈先生。……またでしょ」

『まただ。今月に入って多いな。それだけ、みんな異能に慣れ始めてきたんだろうな。場所、わかるか?』

「ん。ていうか、近くにいる。何かあったの?」

『異能を使った喧嘩だよ。大の大人同士が、肩がぶつかったとか何とかで。ほんと、平和な世の中になったもんだよな。大人は子供の手本にならなきゃなのに、これじゃこの国の行き先も暗いなぁ』

「……それさ、あたしらじゃないとダメ? 警察の人、向かってるんでしょー? せっかく今日、大学も休みで遊びに来てるんだけどぉ」

『あいつらが四年そこそこで異能なんて使いこなせてるわけないだろ? だから私らみたいなのに厄介な仕事回ってくるんだよ。怪我人が出る前に、頼む』

「……わかった。今度、何か奢ってね?」

『好きなもん奢ってやるよ。一万円以内で』

 七竈の通話を切って。沙希は深くため息をついて桃色に手を合わせる。

「ごめん。また異能絡みの騒ぎ。ちょっと行ってくるわ」

「サッキィは、やっぱり人気者だねぇ。ケガしちゃだめだよ。行ってらっしゃい」

「……あいつ、まだ来ないの? まったく肝心な時に遅刻してくるんだから」

「聞こえとるぞ。駅で迷ったんじゃ、すまん。まったく東京の駅中は地下ダンジョンか何かか? また路線を間違えたぞ」

 上から声。沙希の周りの人たちが驚いて避けていき。

 蛇足に乗ったえながが、得意げな顔で降りてくる。「あんた、東京五年目なのにまだ迷ってんの? 方向音痴」と言いながら、沙希はすかさずその後ろに飛び乗った。

「遅刻、悪かったな。さ、ぱぱっと済ませてフラペチーノに在りつくぞ。私は抹茶じゃ」

「じゃ、あたしはストロベリー。桃色は?」

「もちろん、ピーチ!」

 桃色の元気な返事を聞いて。

 沙希たちを乗せた蛇足は、騒ぎの中心へ。加速して飛び向かうのだった。



  〈了〉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異能に咲いた私たち 青白 @aoshiro_yuri

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ