第七話『ごめんね、守れなくて』⑧
9 ~戦闘前線:宝石月桃色、神木智尋~
探る。双子の気配を。一花と双葉。感覚を研ぎ澄ませろ。桃色は自分に言い聞かせる。
ショートの髪の一花の異能は、透明化。おそらく触れたものは何でも見えなくすることが出来る。
本人たちも姿を消し、桃色たちの周りのどこかに潜んでいた。探る。
ためらうな。奴らは私たちを、殺そうとしている。敵だ。迎え撃て。言い聞かせ続ける。
(……来る)
風を感じた。前後左右。透明化した車か。突っ込ませてくる。
「Mrs.」
小さなMrs.の手を呼び引っ張り上げてもらう。足元で轟音が響く。透明化が解けた車が、四方向から正面衝突した。桃色を押しつぶす気だったようだ。
再生。停止。逆再生。それがロングの髪の方の双葉の力。それは物にしか使えないみたいだが、ある程度改変は利くらしい。
今みたいに桃色を狙って停止させていた車を走らせるように「再生」することも出来る。一花の透明化と合わせるとなかなか厄介な能力だ。
気配。上を見上げるとガラスの欠片たちが、煌めきながら桃色に降り注ごうとしていた。透明化はしていない。一花の力は、連続では使えないらしい。
桃色は慌てない。智尋が飛び込んできた。彼女は傘を開く。ビーチパラソルのような大きさ、鉄で出来たそれがガラスを防ぎ落す。
桃色は目を閉じている。微量な空気の動きを探る。来ている。跳んでいる時の無防備な状態を狙う気か。
今度は双子たち本体だ。左右から。桃色と智尋を一気に仕留める気らしい。好都合だった。
(迷うな。……殺さ、ないと……っ)
Mrs.、同期接続。桃色は両手を振り払うように動かした。
Mrs.の巨大な両手が振られ、確かに人の感触を捉えた。一花と双葉。掌を喰らって吹っ飛ぶ二人の透明化が解ける。
「桃色。ごめん」
智尋がそう呟くのが聞こえた。
彼女は携えていた二本の剣を振り投げる。その刃が一花、双葉の胴体を貫いた。
二人は地面に叩きつけられ、剣でそのまま串刺しにされた。地面に降り立った智尋が、すかさずナイフを投げる。腕、足。二人の四肢を刃で地面に拘束する。
「があぁあッ!」
痛みに喘ぐ悲鳴。耳を塞ぎたくなるのを桃色は必死に堪える。詰みだ。彼女たちはもう、反撃できない。倒された。
地面に降り立った桃色は、荒く呼吸が乱れている。目眩。多分、精神的な負荷。
ふらついた桃色を、智尋が支えてくれる。その所作は、やっぱりいつも通り優しい。
それだけに少しだけ、怖くなる。私達はこれから、人を殺そうとしているのに。彼女は変わらない。……少しだけ智尋が、わからなくなる。
「……大丈夫?」
「……平気。行こう、智尋」
桃色は何とか立って、地面に磔にされた双子のもとに向かう。すると智尋が桃色を庇うように先立って歩き出した。
一花と双葉は。痛みに顔を歪めているが、もがこうとはしていない。
悟っているのだ。自分たちがこれから死ぬのだと。戦いに負けたのだと。……それが痛い。桃色は大きく息を吐いた。
「……何か二人で、話したいことは」
彼女たちを足元に見下ろして、智尋が聞く。
一花が、双葉を見た。双葉もまた、一花を見た。二人はまるでいたずらを楽しむ子供のように、くすぐったそうに笑い合った。
「双葉。楽しかったねぇ。一緒に遊んで、一緒に色んなこと出来て」
「そうだねぇ、一花。私達、双子に生まれてほんと良かった。学園で犬みたいに扱われたのはクソだったけど、一花と一緒なら何も怖くなかった」
「最強だもんね、私達。だからさぁ――」
二人の目が、一斉に智尋たちを見た。
「――お前ら如きに、やられる訳なんかないじゃんねぇ?」
殺意。二人は異能を使う気だった。まだ諦めてなどいなかった。
桃色は腕を振り下ろしている。ぐしゃり。果実を潰したような感触。手に伝わってくる。Mrs.の地面に叩きつけた大きな手から。
「はっ……はっ……はっ……」
息が上がる。目眩が強まる。構えたまま、桃色は動けなかった。
だがやがて力が抜けて、その場に崩れ落ちそうになった。すかさず智尋が、それを支えてくれる。
「桃色……っ。ごめん、ボクの役目だったのに。君にさせてしまった。本当に、ごめん……っ」
「ち、違う、よ……。智尋のせいじゃ、ない……っ」
何とか返せたけど。
Mrs.の手が消える。血飛沫と血溜まりと、一花と双葉だった肉と骨と臓物の塊。原型もないほどぐちゃぐちゃだ。
殺した。私が殺した。殺した殺した殺した。目眩がひどくなる。ついには桃色は膝をついてしまう。
「桃色。ごめん。君は悪くない。誰も悪くない。自分を責めないで。大丈夫。大丈夫、だから」
ぎゅっと同じように膝をついた智尋が抱きしめてくれる。優しく背中をさすってくれる。髪は、乱れたら動画を回せないから撫でないのが癖になっているのだろう。
少し。呼吸が楽になった。彼女の体温と、触れ方で。
仕方なかったと思うつもりはない。私が殺した。それはもう変えようのない事実。だから。
背負っていく。自分が奪った一花と双葉の命を。贖罪にも悼みにもならないけれど、自分のために。そうじゃないと私はもう、歩けなくなってしまうから。
不意に人の気配。大勢。誰もかも避難したはずのこの隔離された周囲に。規則正しく行進する足音がする。
嫌な予感に肌がぴりつく。桃色に夢中になって、その音から背を向けている智尋は気づいていない。
建物の角。出てきたのは、兵隊のような装備で身を纏った者たち。異能特殊部隊。瞬時に悟る。
奴らはこちらを認めるなり、一斉に銃を構えた。
桃色は智尋を後ろに付き飛ばす。手を構えた。
「Mrs.ッ!!」
両手を突き出す。Mrs.の大きな手を二つ、壁にする。
銃声。自動小銃。連続で撃ち込まれる。掌にぶつかる。普通の銃弾なら、難なく防げたはず、だった。
「がっ……!」
異能弾だ。異能を持つものに深いダメージを与える銃弾。両手の甲から血が噴き出す。口から血が溢れた。眩暈。衝撃で後ろに倒れかける。
それを抱きとめたのは智尋だ。彼女はパイプのようなものを投げる。途端目の前にバスが復元された。それが遮り、弾を防いでくれる。
智尋は更に車をいくつも復元し、遮蔽物を作った。
「桃色ッ!」
「だ、大丈夫……。ちょっとふらついただけ。全然、大丈夫、だから……」
手の甲は裂けて血塗れだから、掌で口元の血を拭った。動揺する智尋を安心させるために笑う。ぎこちなくだけれど、笑えた。
ぐらぐら。視界が揺らぐ。目の前の智尋の心配そうな眼差しがちらつく。
正直意識を保つので精いっぱいだ。大丈夫。死なない、はず。こんなところで、死んでたまるか。
ここまで生き延びたんだ。そのために命まで奪ったんだ。智尋とずっと、一緒にいるんだ。
智尋と出会ってからの記憶が頭をすさまじい速度でちらつく。うるさい。うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい。走馬灯はまだずっとずっと先だろうが。ここじゃない。
対策部隊の連中の気配を探ろうと首を動かして、気づく。ビルの陰から身を乗り出して、こちらを見つめている少年の姿に。
恐怖で固まっているのか。彼はこちらを凝視したまま動かない。このままでは巻き込まれる。部隊の連中はお構いなしに彼を撃ち殺すだろう。
そう思った瞬間、桃色は立ち上がり駆け出している。助けないと。奪ったんだから。助けられる命は、助けないと。
「桃色ッ! だめだ!」
智尋の声が遥か遠くから聞こえた気がする。意識はぐらぐら。足元はおぼつかない。でも走れた。人間、限界だと思ってもまだ行ける。ごめんね智尋。すぐ戻るから待っててね。
銃声。やはり奴ら、容赦なく撃ってきた。少年はずっとこちらを見たまま動かない。きっと竦んでしまっているのだ。間に合え。間に合え。走る。走る。
「ッ……!」
弾が腕を掠る。それだけで脳がハンマーでぶん殴られたような衝撃が襲う。でも、よろめいた桃色は倒れない。少年に向かって、手を伸ばす。
「こ、こっち……!」
彼の手を何とか取って、ビルの裏路地に走りこんだ。ここなら弾も飛んでこない。奴らもすぐにはやってこないだろう。
「だ、だいじょう、ぶ……? こわかった、よね……?」
息を乱しながら桃色は少年に声をかける。頭がぐわんぐわんと揺れている。正直少年の顔もまともに確認できないくらい、満身創痍だ。
でも、彼を安心させないと。桃色はふらふらと彼の傍らにしゃがみ込み、微笑みかける。
「スーパー配信者ヒーローの桃色ちゃんが、来たから。もう、安心、だぞ?」
ちゃんと彼の心を解きほぐせるような、笑顔を作れているだろうか。必死に彼に対する視界を絞ろうとしたら。
少年がこちらにぐっと近づいてきた。てっきり抱き着いてくるのかと思った。違う。体当たりしてきたのだ。
「……え?」
仰向けに倒れた桃色。お腹の辺りに鋭い痛みと、溢れてくる熱さを感じた。
大きなガラスの破片が。深々と桃色の腹部に突き刺さっていた。
見上げる。少年は肩で息をしながらこちらを見下ろしていた。その表情がわかる。彼は、こちらを睨みつけていた。
「父さんを返せ、化け物」
……化け、物? その顔つきには、どことなく既視感があった。
一花と双葉が。一般人を拘束して屋上から突き落とした中に。彼とよく似た男性がいたような気がした。あれは、父親だったのか。
「ち、ちが、う……っ。私、あなたを守りたく、て……っ」
「みんな! 化け物を倒した! ここにいる! ここにいるよ!」
少年が呼びかける。すると裏路地に潜んでいたらしい人たちがぞろぞろと現れて倒れた桃色を取り囲んだ。
対策部隊の連中じゃない。一般人だ。老若男女、入り混じった彼らは。皆一様に、バットや鉄パイプ、手斧などの武器を手にしていた。
「殺せ! 殺せ殺せ! 殺される前に、殺せッ!!」
「がふっ……!」
鉄パイプで足を叩き潰された。痛みに意識が揺らぐ。
無意識に身を丸めた桃色の背中に、強烈な打撃が降り注ぐ。骨が砕ける音がした。桃色は血を吐く。
何で。何で何で何で? 私、あなたたちを、守りたかった、だけなのに。
智尋の姿を探す。でももう視界は狭まっている。意識がなくなろうとしている。こんなところで。
嫌だ。死にたく、ない。
「桃色ッ!!!」
智尋の声が。聞こえた、気がした。彼女が必死に、こちらに駆けてくるのが見えた気がした。
大丈夫だよ。桃色は笑おうとする。智尋が不安にならないように。
影が顔に掛かる。男が大きく足を上げて、桃色の頭を踏みつぶそうとしていた。
……ごめんね、智尋。
一緒にいる約束、守れなか
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