閑話幕間その7『透明なカラスの実』②


  2


「……七竈。まだ意識ある?」

「お前な……あんだけやっといて寝かせない気かよ、もう朝だぞ……」

「ごめんね。もうちょっとだけ話、いい?」

「……いいよ」

 七竈は透子の言葉に頷く。カーテンで塞いだ窓から、上がったばかりの朝日が差し込んでいる。雀の鳴いている声は聞こえない。学園に張られた防壁には、鳥たちすら入ってこれないからだ。

 七竈たちはベッドに隣り合って横たわっている。お互いの衣服、下着、敷いておいてどろっどろに濡れたバスタオル数枚が周りに散乱していた。タオルケットは何とか掛けたけど、服を着直す気力も全部ランドリールームに持っていく余裕もなかった。

 ついでに七竈は今日は満足に歩くこともできなさそうだし、声もがらがら。ぜってー一日中こいつに介護させる。責任とれよ、透子。

「……あれ。本当に續だと思う?」

 こちらに寝返りを打った透子が聞いてくる。

 あれ。天星。中学までずっと七竈と透子とパートナーだった、天城續。

 天星を名乗った彼女は、中学の時のままの姿だった。あれから十九年も経つのに。

 思い出したくもない記憶が、常に脳裏を過る思い出が。七竈の頭の中を巡る。

「……そんなの、わかんねーよ。でもあいつは、續の姿をしてる。喋り方も、声もそっくりだ。誰かになりかわる異能を使ったとしても、あそこまで本人になりきれねーだろ」

「じゃあやっぱり、續、なのかな」

 透子が差し込んだくすんだ朝日の方を眺めて、遠い目をする。

 彼女も囚われている。あの時の日々に。續と過ごした、あの一年と少しを。きっと七竈もそうだ。

『透子、七竈。君たちと出会えて、本当に良かった。こんなに楽しい日々があるなんて、想像も出来なかったな』

 續がどこかで言う。三人で初めてチェーン店のアイスクリーム屋に言って、三段のコーンアイスに舌鼓を打っている時だった。

 あの時、口元にミントアイスをつけながら。微笑んだ續の表情。一生鮮やかだ。目にも記憶にも脳にも、焼き付いて。離れることはない。多分、死ぬまで。

 そして。新宿事件。異能発症者が大量に異物と化し、駅前が地獄血の海と化したあの事件。一般人も出動した異能者たちも、大量に死んだ。

『……ふざけるな。ふざけるなふざけるな。ふざけるなァッ!!』

 叫んで、異能を振るった續が。大量の弾丸で身体を撃ち抜かれた瞬間。地面に転がった彼女を助け出すことも出来ず、七竈たちは逃げることしか出来なかった。

 死体安置所。検死台に横たわって目を閉じる續。顔は綺麗に残っていた。布をかけられた身体はどうなっていたのだろう。血が滲んでいた。

 ……七竈は追想を振り払う。急に腹が立ってきた。色んなことに。

「……わかんねーよ。あいつに聞くしかねぇだろ、そんなの」

 七竈が何とか掠れた声を絞り出すと、透子がこっちを見た。七竈はその視線を返す。

「あいつが来たら。とっつかまえて色々聞くぞ。こっちは十九年分、色々言いてぇことが那由他くらいあんだよ。そうだろ?」

 笑いかける。

 すると透子も吹き出して、そっと七竈の頭を撫でた。振り払う気力もないから、そのままにしといてやる。

「……そうだね。また三人で、話合おっか。あ、七竈奢りのディナーの時がちょうどいいんじゃない?」

「三人分私持ちかよ。お前、性格終わってるって言われない?」

「理想的で親しみやすい先生って、よく言われるかな」

 七竈は何とか力を振り絞って、透子の胸をタオルケットの中で小突いた。

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