第五話「天星」①


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「えなが! 気を付けて! あちこちに爆発する異能が仕掛けられてる! 私の後ろに来て!」

 天国の扉の廊下に出る。歩優を抱きかかえた秋菜の背中は既に外へと消えていたが、簡単には追えそうにない。

 秋菜の異能。触れたところに火力を持たせ、簡易爆弾とする力。それが今廊下のあちこちに仕組まれていた。

 肉眼ではどこが爆発するかわからない。が沙希の未来視ならどこが起爆剤になっているかわかる。

 えながの手を取り、慎重に走り抜ける。彼女は沙希を信頼してしっかり握りこみ付いてきてくれる。大丈夫。何とかなる。胸の不穏な鼓動を搔き消そうと、必死にそう言い聞かせて足を動かした。

 不意に、未来が視界に飛び込む。えながの足が起爆の異能を踏む。二秒先。何で気づけなかった。意識の外を巧妙に突かれた。

「えながッ! そのまま跳んでッ!」

 えながの足が床を踏む。沙希が叫んですぐ、彼女は右手を突き動かした。蛇足が、沙希たちを優しく咥えこむように飛び込む。同時に爆発。爆風に押し出されるように、沙希たちは蛇足と一緒に外へと転がり出た。

「えなが、平気⁉」

「っ……かすり傷じゃ。問題ない」

 倒れこんだえながの制服の腕のところが、黒く焼け焦げていた。蛇足が爆風に当てられたのだろう。痛みに顔をしかめていたが、彼女は頷いて見せた。

 エンジン音が響く。沙希たちを乗せてきた黒い車が急発進するところだった。傍らに、首を爆発させられた運転手の遺体が転がっている。秋菜がまた人を手に掛けた。ぎゅっと沙希は拳を握る。

(誰かいるの……? 秋菜ちゃんの協力者?)

 車に乗っているのは秋菜だろうけれど、ドライバーがいるはずだ。嫌な予感がする。やはり彼女単体の暴走じゃない。誰かこの筋書きを、手引きした奴がいる。心臓がざわつく。

「沙希、乗れ! 一気に追いつくぞ!」

 えながが蛇足の背中に乗って沙希に手を伸ばす。沙希はその手を掴んで、宙を突き進む蛇足の背中に乗り込む。一気に車との距離を縮めようとした。

「えなが! 木が!」

 沙希が言った途端、道路を囲む巨木の並木たちが一斉に爆発した。ひた走るこちらに向かって太い幹が倒れこんでくる。

 おかしい。これが秋菜の異能だとしても、あんなにたくさんの対象に触れる時間も、爆発させるほどの力はないはずだ。だが思考している暇はない。

「抜ける! 身を引くしろ沙希! 振り落とされるなよ!」

 ぎゅんっ、と蛇足の飛ぶ速度が上がる。ドミノ倒しのように時間差で落ちてくる木々の隙間を縫うように進んだ。車との距離が近づいていく。追いつける。

「タイヤを狙う!」

 沙希は太もものホルスターから銃を抜き、照準を車のタイヤへと合わせる。凄まじい速度でブレてしまいそうだが、何とか未来を捉えた。確実に撃ち抜けるように、銃弾を数発介入させる。

「タイヤ撃ち抜いた! スリップさせる!」

 一分後に照準を定めていた。その間も木々はいくつも沙希たちに降り注いでいる。早く。早く。その瞬間を待ちわびる。

「え……⁉」

 だが一分後。弾は現れない。車はタイヤを撃ち抜かれることなく、そのままエンジンを吹かして走り抜けている。

 不発。そんなことは、ありえないのに。

「沙希、どうした⁉ 当たらなかったのか⁉」

「……ごめん、外したっぽい! そのまま追いかけて!」

 が、すぐ別の未来が沙希たちを阻む。突っ込んでくるのは倒れた木々だけじゃない。

「えながッ! 真上に飛んで! すぐッ!」

 えながはすぐ反応してくれて、昇り龍となった蛇足は上へと突き上がる。

 刹那、瓦礫の塊が沙希たちの行く道へと突っ込んできた。ひしゃげるような派手な音を鳴らし、地面を削る。あれは、京都校の学舎の一部だ。沙希が気づいてえなががすぐ反応してくれなければ、あれに巻き込まれていた。

 だが気は抜けなかった。

「まだ来る! 蛇行して車を追って! ルートは指示する!」

「了解じゃ!」

 学舎の、寮の建物の一部が砲弾のように沙希たちに襲い掛かる。えながは沙希の進路指示を的確に汲み取って、蛇足にそれを避けさせる。沙希たちは必死に振り落とされないようにしがみつく。

 建物を削って、それをこうも的確に撃ち込んでくる。明らかに秋菜の異能じゃない。誰か一枚嚙んでる。嫌な予感は膨らむばかりだ。最悪へと進んでいるような気がしてならない。いや、その方向に、誰かが誘導しているような。そんな気味の悪さを噛み締める。

 車はどこへと向かっているのか。だいぶ距離を取られてしまった。もうすぐ学園の入り口に着く。外を目指しているのか?

 だが脆くはない防壁が学園の周りを取り囲んでいるはずだ。一筋縄ではいかないはず。とにかく何とかしなければ、歩優が異物と化してしまう。それは何とかして止めなくては。

(でも、どうするの……? あの子を、私たちが殺すの……?)

 そこで初めて沙希に躊躇いが生まれる。異物と化したら異能は何倍にもなる。異能適合者ならもうその底は計り知れない。そうなる前に手を打たなければならないが、それは歩優を、この手に掛けなければならないことに繋がっていた。

 迷うな。今は、とにかく秋菜たちに追いつけ。

 そう決意した矢先。車は学園の入り口の門の前で、急停止した。

「何じゃ……? 沙希、視えるか?」

「……噓でしょ。視えない。えなが、注意して。慎重に近づいて」

 未来視が働かない。一秒先さえも、見通せない。相性の悪い異能を前にしてもここまで視界が開けないことはなかった。

 もう予感じゃない。確実に得体の知れぬ何かが、沙希たちの前に立ちはだかろうとしている。

 慎重に、停まった車に近づいていく。

「何かいる。あれは……少女か? 宙に浮いておるぞ……?」

 先にえながの目が捉えて、沙希も確認する。

 車から出てきた秋菜が、後部座席から歩優を抱きかかえて取り出す。運転手の姿はない。運転は遠隔操作だったのか。あんな正確に。

 歩優を伴った、秋菜が向かう先。学園の外、防壁の外側に、ローブを着た小さな少女が浮かび上がっているのが見えた。

 彼女が、軽く手を上げる。途端、学園を囲む防壁が、一気に崩れ落ちた。

「馬鹿な……⁉ 私らでも破れん防壁じゃぞ。何なんじゃあいつは⁉」

 えながの動揺が伝わってくる。沙希も息を呑んでいた。ただごとじゃない。

 宙に浮いた少女は、向かう沙希たちの方に顔を向けてきた。

 視線に身体を貫かれた気がした。細められた眼差し。笑顔。ひらひらとこちらに手を振ってくる。

 沙希は初めて、誰かに対し身が震えるほどの恐怖と嫌悪を覚えていた。

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