第四話「激動」④


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「……街から離れすぎてて真っ暗じゃな。夜景もクソもない。私ら、本当に京の都にやってきたのか」

 窓の外、木々が生い茂る森の中のような景色を見下ろして、えながが呟く。

 沙希も隣に立って覗く。外灯すら周りにない。だが学園の敷地は煌々と無機質な白灯が照らし出している。外に出ようとするものを瞬時に捉えられるように。

 どこへ行っても。あたしたちの行きつく先は檻だった。そして多分、檻の中で死んでいく。

「……やっぱ。次は桃色たちと修学旅行だね。京都じゃなくて、違うとこにしよっか。大阪とか、思い切って北海道行く?」

「北海道は、ただだだっ広いだけじゃぞ。夏は暑いし冬は寒い。まぁ、札幌くらいは行ってもいいかもじゃけどな。一応都会じゃし」

 おや、と思った。えながの口調はまるで行ったことがあるかのようだ。遠出は許されていない、と新幹線で言っていたのに。

 そういえばえながは、高校一年から今の東京校にやってきて沙希とペアになったのだ。

(……それより前は、北海道にいた、とか?)

 聞きたい、けど。彼女は言いたくなさそうなので。詮索はしなかった。受け流す。

「……明日か。夜には東京に帰されとるんじゃろうな」

「ちょっとだけ街で観光とか……する気にならないか、あたしたちが。そうだよね」

 明日には歩優は、処置される。いや、もうそんな言い方やめよう。殺されるのだ、彼女は。冤罪で死刑にされるより、ずっと悪い。

「……姫沼」

 名前を呼ばれて、振り向こうとして固まった。

 えなががぎゅっと沙希の胸に飛び込むように抱き着いてきたのだ。そりゃ言葉も失う。つい先週くらいまでは、剣呑に睨み合っていた相手だ。

 そんなえながが、向こうから密着してきた。異能共鳴が必要なほど消耗もしていないというのに。

「あ、えと……九十九? だ、大丈夫? 立ち眩み? それとも悪いものでも食べた?」

「私を拾い食いするガキみたいに言うな。……ちょっと疲れたんじゃ。胸ぐらい貸せ」

 ふてくされた子供のように、えながが沙希の胸の中で言う。

 いつもそれ以上に密接なこともしているというのに。沙希はややぎくしゃくと、彼女の背中に腕を回す。

 そしてえながの、か細くてほんのりと温かい感触と体温を確かめた。小さくて、戸惑う。

「……九十九も、恐いの?」

 沙希は聞いてみる。えながはしばし黙っていたが、ちゃんと答えてくれた。

「……恐いに決まっとる。異能適合者が、誰かが。歩優というあの少女が亡くなる瞬間に立ち会わんといけない。人の死、というのはいつまで経っても慣れん。恐ろしい」

 強張って、籠もった声。

 自分と出会う前の彼女も、数多の誰かの死を見てきたのだろうか。……あたしと、同じように。

 ぎゅっと彼女を抱き寄せる腕に力を込めて、更に密着する。

「おい、苦しいぞ。そろそろ離れろ」

「……えなが」

 彼女の名前を呼ぶ。少し離してこちらを見上げた彼女の顔が、驚きと戸惑いに染まる。いや、そんなびっくりしなくても。

「いつまでも名字で呼び合うのも変じゃん。あたしら、パートナーなんだしさ。名前で呼んでも、いい?」

「……好きにしろ、沙希」

 目を逸らしつつ、彼女はぼそっと言った。素直じゃないやつ、と頬が緩む。

「ねえ、えなが。キスしてもいい?」

「な、何なんじゃ。藪から棒に。脈絡がないぞ」

「わかんないけどしたくなった。……ダメ?」

 少しせがむような眼差しになったかもしれない。「ええい、そんな顔するな」とえながは目を閉じる。待ってくれていた。その赤らんだ頬と、瞼にかかるまつ毛の長さに見惚れながら。

 沙希はそっと、彼女の唇を奪っていく。

「ん……ふ……」

 重なり合う、しなやかな粘膜二つ。何度も結びつく。触れ合うだけで済ませようとしたのに、熱を持て余した。

 舌を潜らせて、彼女の歯をノックする。すぐ開いてくれた。更に奥に入って、彼女の舌に、絡ませる。

 すぐ深いキスになった。お互い夢中になって、熱くなって。呑み下せなかった唾液が顎を伝うほどに、求め合った。

(いつか、この子を失っちゃうんじゃないか。……この子を、一人にしちゃうじゃないか)

 ……恐い。そしてこの世の不条理さが憎い。私達に勝手に課せられた、異能適合者としての運命も。

「……沙希……っ」

 潤んだ瞳で見上げながらこちらを呼ぶえながに。ぞくっと唆られてしまう自分にもう驚かない。

 けど、そのまま濡れた口元を指先で拭ってやった。

「……ごめん、やり過ぎた。でも、今夜はこのまま眠んないと明日に響くよね」

「……このまま、眠れるわけ、ないじゃろうが……っ」

 彼女の切れ長の目の端から、涙が滴る。

 ――ごめんね、歩優ちゃん。秋菜ちゃん。ちょっとだけ、許して。

「じゃあ少しだけ。させて? えなが」

 沙希は微笑みつつ、彼女の寝間着の浴衣の帯を解いていく。

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