第四話「激動」②
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京都駅を出たらすぐ迎えの霊柩車に乗せられて、街の景色を堪能する間もなく学園へと連れて行かれる。
ほとんど町外れの場所。重々しい鉄格子の門の前まで着いた。この陰鬱な感じは、どの学園でも同じのようだ。
「S級異能者二名。姫沼沙希、九十九えながをお連れしました」
京都校の運転手がマイクに向かってそう言い、門を開かせる。関西弁ではなかった。やっぱり機械か、この人たち。
透明な防壁の内側へ。今日の空はやけに曇っていて重々しく、そのまま覆っている雲が地上へと落ちてきそうだ。きっと、雨が降る。
校舎は、まるで明治時代のお屋敷のように。木造で趣と歴史のありそうな外装だった。だがそんな素敵な建物も、檻として使われていると考えているとひどく寒々しく思えてくるものだ。さすが京の都。皮肉が上手い。
その校舎と、伯爵が住まう洋館に似た寮の建物を過ぎ、車は更に敷地内の奥へと向かう。
道路の左右に埋め込まれた木々が生い茂り空を覆い隠しそうだ。まるで森の中を走っているような気持ちになる。
たぶん、わざとなのだろう。ここから先の施設が、人目に少しでも触れぬように覆い隠すための。
沙希は後部座席の隣に座るえながを見た。彼女も視線に気づき、小さく頷き返してくれた。
(ちょっと前までは、うっとうしそうに逸らしてたくせに)
そんな彼女が、今の沙希の心にとって唯一の救いだった。
やがてその建物は。木々の隙間から唐突に姿を見せるようにして現れた。
真っ白な、正方形の箱のような調和の全くない異質な建造物。威圧感さえある。まるで禍々しいいわくつきの廃墟のようなのに、真新しく清潔なその外装は相反してひどく気持ちの悪い印象を受ける。
沙希たちの東京校の敷地の奥にも、同じものがある。
ここは異物化の傾向が見られた異能適合者の少女が。最後の時を迎える場所だ。通称、『天国の扉』。
ここで異物化する前に、少女たちは管で薬を体内に注ぎ込まれ。まるで眠るように息を引き取れる、らしい。
沙希は唾を呑み込んだ。息が詰まる。見ただけで。
(あ……)
震えそうな座席の上の手を。えなががぎゅっと掴んでくれた。彼女の小振りな手も強張っている。
……彼女も、恐いのだ。それで少し、肩の力が抜けた。やっぱり彼女は、救いだ。
「え?」
沙希は前を見る。不意に車が減速して、天国の扉に着く前に停止した。
「誰かいます。そんな連絡はなかった」
運転手が声色を変えずに沙希たちに報告する。
前を見る。沙希たちと同じ制服を着た小さな少女だ。
頭の先の方で二つ結びにした髪を乱しながら、彼女はもがいていた。学園の者らしきスーツの男たち二人掛かりで取り押さえられている。
天国の扉の中に入ろうとしているのだ。未来視する必要もない。彼女は、これから亡くなる少女のパートナーだ。
「ドア、ロック解除してください。じゃないとぶち破ります」
沙希は強い口調で運転手に言った。えながはもう右手を蛇の形に構えている。運転手は僅かに動揺した様子を見せたが、ロックを外してくれた。
沙希は車から飛び出す。そして押さえつけられながらも必死に抗っている少女の元へ駆け寄った。
「ねえ! 何してんのちょっと! 大の大人が二人掛かりでさぁ。離せって!」
走りながら沙希が言う。そして車の中で介入していた沙希の腕が男たちの傍らに現れ、彼らを少女から引き剝がした。ここまで近寄れば沙希の未来介入の範囲内だ。
「……どうかしたの? 君」
沙希たちは肩で息をしてこちらを睨む少女の前に行き、声をかけた。
まだ全然、あどけない顔をしている。ほとんど子供だ。この前の日南と大差なく思える。
……ああ、そうか。私達も他の人からはこんな風に見えているのか。
「君、名前は? 私達は姫沼沙希と、九十九えなが。あなたの敵じゃないよ。おんなじ異能適合者」
「……京都校の一年、森郷秋菜(もりごう あきな)や。ウチはただ、歩優(ふゆ)に会いに来た。それだけで良かったのに、こいつらは絶対だめやって」
京都弁の柔らかな言葉遣いで、彼女は教えてくれた。
歩優というのは彼女のパートナーだ。水野歩優。デバイスに送られてきた資料で目は通してあった。もちろん秋菜の名前も。
――森郷秋菜は情緒不安定につき、特に動向に要注意せよ。
資料にはそうあった。……そりゃ、不安定にもなるだろうが。バカが。パートナーが死ぬんだぞ。沙希はぎゅっと手を握りしめる。
「秋菜、ちゃん。私達も歩優ちゃんのために来たの。……そうだね。じゃあこれから一緒に会いに行こうか」
「……え? 会えるん?」
秋菜がぽかんとする。
処置の前日から。処置対象の少女は天国の扉にて他より隔離される。面会出来るのは監視員や精神科医、執行官。そして沙希達のような立会人だけだ。沙希たちは彼女の異能に問題がないか。同じ異能者として確認するために前日からここに遣わされた。
パートナーですら会えないが、そんなことは沙希たちの知ったことではなかった。
「だ、駄目に決まっているだろう! 面会は立会人のみと報告を受けて――」
学園の男たちがこちらに駆け寄ってこようとする。
「私らはこの学園の者じゃない。ルールなど、知ったことか。通せ」
蛇足が、大きな顔を異空間から覗かせて男たちを威嚇する。男たちは腰の銃に手を掛けた。
「……どういうつもりだ。反逆なら、処刑対象だぞ」
「お前らこそ、よく考えろ。ただ、パートナーにこの子を会わせるだけじゃ。私らをそれだけで敵に回すのか? 世界の危機じゃぞ?」
――銃を抜くなら、覚悟を決めろよ。えながが右手をいつでも開けるように構える。
「良い。放っておけ。そやつらがそうしたいのなら、そうさせてやればいい」
後ろから声がした。枯れ木のような年配の男性が杖をつきながら、車から降りてくるところだった。
京都校、理事長。日出良樹(ひじ よしき)。皺のある顔の中で、鋭くこちらを見つめる眼差しが特徴的だった。
「日出様、しかしそれでは理事会が――」
「わしに口答えするのか?」
刀を振りかざすような、一言。スーツの男たちは黙り込む。
良樹はずっと沙希たちから目を離さずに口をこちらに向ける。
「明日には、水野歩優の執行は必ず執り行う。お前達にはその責任を果たしてもらうぞ。そのために呼んだ。わしを失望させるな」
「……わかってます、けど。もうちょっとないんですか。言い方とか」
沙希は秋菜の方を見て言う。彼女は良樹の言葉でひどく狼狽えている様子だった。
「知らん。覚えておけ。異能者として生きるということは、そういうことだ。お前達もいずれそうなってもらう」
――せいぜい、世間の役に立て。良樹はそのまま車に乗り込み、Uターンして学園に去っていく。
「姫沼。……殺すか?」
「殺してやりたい。けど。堪えよう、ここは」
走り去る車を睨むえながは臨戦状態だった。彼女の手をぎゅっと握って、沙希も深呼吸する。……ジジイが。理事長の机に足の小指ぶつけちゃえ。
沙希は振り向く。そして縮こまっていた秋菜に向かって微笑んだ。
「さ、秋菜ちゃん。歩優ちゃんに会いに行こっか」
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