閑話幕間その6「桃と木」①
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「今日はみんなありがとう。配信はしばらくお休みになるけど、動画は何度か上げるからねー。アーカイブとかも見て、待っててくれると嬉しいな。じゃあおつ桃でしたー! またねー!」
カメラに向かって、配信を見てくれているみんなに向かって手を振る。笑顔のまま、配信終了ボタン。配信用ソフトも配信がちゃんと終われているのを確認。
……うん、大丈夫。桃色は大きく息をついて、ピンク色のゲーミングチェアの背もたれに大きく背を預けた。
両腕を伸ばして、伸び。身体に力が入っていたのを自覚すると、どっと疲れが肩の辺りにのしかかってくるようだ。いつもより身体が重いかもしれない。
そして全てのウィンドウを消して、好きなアニメの公式壁紙だけが表示されたデスクトップ画面を見ると。最後の配信が終わってしまったという寂寥感が、急に心に沁みてくる。
ため込んだ日常Vlogの動画は編集済みでため込んである。八月が来るまでは持つだろう。でも配信は、しばらく出来ない。もしかしたら、もうそんな機会は永遠にないかもしれない。その重圧も、ずっしりと桃色の小さな肩にのしかかってくる。
八月一日。天星がこの学園にやってくる。自分たちがどうなるのか、わからない。この学園がどうなるかもわからない。
(……でも私は。思ったより今の生活が、気に入っていたのかも)
背もたれを倒して天井を眺めながら、思う。異物と戦うのは、人を殺さなければいけないのはもちろん嫌だったけれど。沙希がいて、えなががいて。他にも色んな先輩たちと、最近は交流も出来て。配信も出来るし、vlogのためにみんなでお出かけする時間も楽しかった。
配信を見てくれる視聴者の人たちもいる。そのコメント一つ一つに力をもらって、明日も頑張るか! なんて思えた。
そして、智尋がいてくれる。誰よりもずっとそばに。彼女がいなかったら今の自分なんていない。配信者なんて考えもしなかった。彼女がこの世界にいてくれる。それだけで、救われた。
だから、私は。──彼女のためだったら、死んでも構わない。
PCのデスクに置いてあるスマホの画面がついた。智尋からメッセージ。
『配信お疲れ様。これから会いに行ってもいい? 疲れてたら、無視していいからね』
文字だけでも彼女の優しさが伝わってくるからすごい。一瞬で疲れなんて吹き飛んだ。「もちろん!」と両手を広げているアニメのキャラの公式スタンプを送った。そしてメッセージ。『シャワー浴びちゃうから。十五分だけ待って』。
立ち上がって、自室の浴室に入る。シャワーブースで手早く、それでも触れられるところは念入りに身体を清めた。
そうしていると、千尋に、彼女に触れていること。触れられた手つき、唇と舌の感触がまざまざと思い出される。
たぶん、身体が覚えているのだろう。忘れるわけがない。熱くなる。早く彼女に会いたい。
シャワーを浴びて髪をやんわりとセットして、整えたら。ちょうどいいタイミングで部屋のドアがノックされる。本当に彼女は優しい。
彼女にはすっぴんも見せれるから大丈夫。可愛いって何度も言ってくれるし。大好き。
「こんばんは桃色。配信お疲れ様。疲れてない?」
「智尋、ありがと。平気だよ。智尋の顔見たら元気百倍になっちゃった」
「ふふっ、ボクも桃色といたら元気いっぱいだよ」
ドアを開けて智尋と笑い合って。そのまま流れるようにハグ。お互いの体温と感触を確かめる。ここにいる。私達は、一緒に。それだけは今、確かなことだ。確かめる。
「桃色」
背の高い智尋が、桃色の顔を覗き込んでくる。その眼差しは星が瞬いているように綺麗に、桃色だけを愛おしげに映している。
その目が好き。引き寄せられて、彼女の首の後ろに手を回しながらキスをしようとする。
(あれ……?)
ふと彼女が、浮かせた桃色の唇を人差し指で押し留めた。にこり、笑う。細められた目が一瞬開かれて、そこに獰猛な光が宿った。
あ、食べられる。そう思った。
「待って智尋。まだドア開いて」
言葉の途中で唇は塞がれる。桃色をやんわりと啄んで奪って、舌で表面を舐りまでして。
智尋は桃色の身体を部屋に押し込んで、乱暴にドアを閉めると音を立てて鍵を掛ける。
その間ずっと桃色の小さな身体を閉じ込めるように両腕で捕まえて。その間も後退させられている。目的地はこの先のベッド。だから桃色もされるがまま下がる。
唇は奪われたまま、腰に腕を回されて押し倒される。ふんわりと、桃色の背中は自分のベッドの上へと着地する。
「桃色」
仰向けに倒れこんだ桃色に覆いかぶさる智尋。互いの唾液で濡れた自分の唇を、人差し指で露払い、じっと桃色の瞳を覗き込む。
笑っていない彼女。頬が、耳まで高揚している。こんなに強引なのは初めてかもしれない。見下ろされて、桃色の鼓動が痛いほど高鳴っている。期待。不安。期待期待期待。早く欲しい。ちょうだいちょうだいちょうだい。胸の奥が切ない。
「桃色。好きだ。可愛いよ、桃色。愛してる」
ありったけの愛の言葉を浴びせながら、彼女は桃色に覆いかぶさってまたキスをする。
(何か、激し……っ)
もう舌が入ってきて、桃色の狭い口腔を搔き乱す。彼女らしくない強引さが、こちらをときめかせて捕まえる。
舌を。こちらから絡ませれば彼女はいとも簡単に絡めとって捕まえて、そのまま踊らされる。
息を。吸ったり吐いたりも忘れるほど情熱的なキスに溺れる。注ぎ込まれた唾液。夢中で啜っても飲み切れずに、口の端から伝った。
(音……っ。響く……っ)
耳を。智尋の両手でそっと塞がれた。外界と遮断されて、口腔で彼女の舌と交じり合う水音だけが聴覚に溢れかえる。くらくらする。昂る。キスだけで達してしまいそうなほど、桃色の身体は反応して、打ち震える。
「は、あぁ……っ、ちひ、ろぉ……っ」
彼女に離されて、ようやく呼吸を思い出す。自分のものかと疑うほど、とろけきった吐息が耳の奥で聴こえた。
身体全体が熱い。彼女の手で丁寧に触れられて、唇でなぞられた時みたいに火照っている。
キスだけで、こんなに。
こちらを見下ろす智尋の目も、潤んで昂っている。そこに、野生の本能が滾っている気がした。
今すぐ目の前の桃色を喰らいつくしたいほどの本能を、必死に抑えている。それがたまらなく、桃色を興奮させた。
「桃色。……いい?」
上擦った我慢した声で、彼女が聞いてくる。言いながらも彼女の指は、既に桃色のふわふわの半袖パーカーのジッパーを外し始めていた。
「……うん。ぐちゃぐちゃにして?」
いつもと様子が違う彼女のことは、後で聞くとして。とりあえず今は、野生的な彼女に侵されたかった。
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