閑話幕間その5「生徒会トライアングル」


  1


「八月一日と天星は宣言していたけれど。ブラフの可能性は充分にあるし、日頃異能を共有して緊急事態に備えておくことは大事よね。──というわけで、セックスしましょうか」

 青鷺芳翠(あおさき ろうすい)は椅子から立ち上がって制服のベストを脱ぎ捨てると、タイを勢いよく解いてそれも床に投げ捨てた。

 そのままブラウスのボタンまで手早く外そうとしたら、第三ボタンの辺りで手を掴まれて止められる。

「芳翠。あんまり人のスタイルに口を出したくはないんだけれど。さすがに雰囲気とかあるし、場所も考えた方がいい」

 手を掴んだのは、香坂蒼(こうさか そう)である。後ろ髪を外はねにさせた彼女は、くっきりとした大きな瞳をしているが。表情はあまり豊かではない。クール、というのだろうか。でも感情はわかりやすくて、芳翠はそのギャップが結構好きだ。

 彼女のブラウスにも腕章が通してある。生徒会執行部。三年生、たった三人の生徒会。芳翠は会長。蒼は書記、兼会計である。

「はっはっは! 芳翠は相変わらず面白いなぁ! セックス! 大いに結構! あたしはいつでもどんとこいだ! いざ尋常に! セックス!」

 豪快に笑って椅子を蹴飛ばして立ち上がり、同じくベストとタイを脱ぎ去ってぶん投げたのは鎌足朱里(かまたり あかり)である。身長百八十九センチ。ミディアムのふんわりしたウルフカットが、はっきりとした目鼻立ちによく似合っている。

 百六十センチ代の芳翠、百五十センチ代の蒼と対面するとその体格差は凄まじい。が、本人は快活としていて威圧感がなく、親しみやすい雰囲気だ。「身長が合わないからシックスナインがやりにくいのが、最近の悩みの種だな!」と彼女は大声で笑って言っていた。

 ちなみに彼女が副会長。「体力仕事は任せてくれ!」とのことで、つまり書類仕事その他はまったく役に立ってない。

 蒼が、座ったまま大きくため息をつく。彼女は湯呑の白湯を一口飲んで、人差し指を下にくいくいとした。

 座れ、とのこと。芳翠と朱里は椅子を元に戻してそのまま座った。

「問題。ここはどこでしょう」

「談話室ね。三年生専用寮だし、私たち以外に入寮者はいないわ。誰かの邪魔にもならないし、ここでセックスしても問題ないでしょう?」

「監視カメラ。あるよね?」

「今は個人の部屋にも、風呂にもトイレにまで付けられてるぞ。天星とかいう奴の接触を、すっかり警戒されてるな! プライベートも何もあったもんじゃない。つまりどこでセックスしてもおんなじだ!」

「いやだから、そういう問題じゃない」

 白湯をもう一口。蒼は腕を組み、背もたれにもたれかかる。表情にはなっていないが、彼女は拗ねている。可愛い。

「時刻は、夜の八時です。私たちは山ほど出た夏休みの課題を片付けつつ、たった今まで談笑していました。ちなみにお風呂もまだ済ませていません。制服のままです。──問二。これから三人で、今すぐこの場でセックスできるような空気でしょうか」

「できるわね」

「できるが?」

「できるわけねぇだろ」

 淡々と怒られた。クッションを敷いて朱里と一緒に芳翠は床に正座させられる。拗ねている蒼は可愛いが、怒ると表情がない分だけ迫力がある。すっかり芳翠も朱里も彼女の尻に敷かれている感じだった。こちらが敷けるのはクッションくらいだ。

「芳翠は思いついたことはすぐ行動に移そうとしない。朱里はすぐそれに乗っかろうとしない。……あのね。セックスって、お互いの気持ちが大事なわけ。私たちは三人なんだから、気持ちのすり合わせは尚更大事じゃない?」

「なんだなんだ。蒼は風呂を済ませてないのが気になってるのか! じゃあ風呂でやるか! 後片付けも楽だし、一石三鳥だ!」

「朱里、一発ぶん殴っていいかな」

「はいはい。喧嘩はやめましょう。つまり、蒼がその気になってくれれば万事解決ね!」

 芳翠は立ち上がる。

 そして椅子に座ったままこちらを不満げに見上げてきた蒼に屈みこみ、そのまま唇を塞いでしまう。

「んっ……⁉ ちょっ、ろうす……っ、くふ……っ」

 頬をがっちり両手で包み込んで、逃げられないようにする。彼女のカールした睫毛の長さを堪能しつつ、バードキス。

 そして舌を、唇のあわいへと忍び入れていく。

「んむっ……⁉」

「あ、ずるいぞ! 芳翠、次あたしの番だからな!」

 逸る朱里にサムズアップして了解の意を示しつつ、深く深く芳翠は蒼の唇を奪う。

 舌。口腔を搔き乱す。啜った彼女の唾液は、脳が痺れるほど甘い。されるがまま、喘ぎ吐息をこぼすだけの彼女は先ほどとの態度とは裏腹ひたすらいじらしく、もっともっといじめてやりたくなる。呼吸の隙間さえ惜しくて、お互いに息を注ぎながらキスをした。

 やがて蒼からも、舌を絡めてくる。ムキになった雑で稚拙な舌遣いはまったく慣れていなくて、それもまたいじらしかった。ますますいじりたおす。

 呑み下せず彼女の小さな顎を滴った唾液を、親指で拭ってやった。

「はっ……芳翠……っ。あんた、後でマジでぶっ飛ばす……っ」

「その気になってくれたみたいね。いい顔。とろんとして、可愛い。蒼はやっぱりそういう表情が良く似合うわね」

「芳翠、次はあたしだ。失礼するぞ、蒼!」

「ちょっ、待って息整えさせて……っ、んむぅ……っ!」

 続けて朱里が蒼の唇を奪う。遠慮なく、貪るようなキスだった。じゅるる、と啜る音まで派手に鳴らす。

 蒼の口腔を舌で搔き乱す水音まで激しい。「んんーッ……!」と蒼はもがいていたが、朱里の巨体に盛大にハグされて完全に逃げ場はなかった。捕食である。

 ご愁傷様です。すぐ傍で二人のキスをガン見しながら、芳翠は両手を合わせる。

「うん、最高のキスだったな! 蒼の唇があんまりにも高級マシュマロ級だったからつい夢中になってしまった! その気になってくれたかな⁉」

「……二人とも、そこに並んで。今すぐ」

 頬を真っ赤にして、潤んだ瞳でこちらを睨みながら。びしょびしょになった口元を手の甲で拭って蒼が言う。朱里と二人で彼女の前に並ぶ。

 思いっきり肩をグーパンでぶん殴られた。二人揃って。

 痣にならない程度。でもちゃんと痛みは芯まで響くくらいまで。でも少ししたらすぐそれも引くほど。

 顔を思いきり平手打ちしなかったのは、最近覚えた彼女なりの優しさらしい。……うん。やっぱりこの子は可愛い。

 蒼はそのままへなへなとその場に尻もちをついた。

「……腰抜けた。大浴場まで抱えて運んでくれる? お風呂でヤったら、一石三鳥なんでしょ?」

 不服そうな表情を装っているが、濡れたままこちらを見上げる蒼の眼差しは媚びるような甘い炎を宿している。

「承知。私がタチでいいわよね?」

「あたしもタチがしたい! 攻めまくっていいか蒼!」

「後でジャンケン。とにかく運んで」

 軽い蒼の身体は朱里が肩に担ぎながら、三人で大浴場へと向かった。

 一応個室にはシャワーや浴室も完備されているが、掃除の行き届いた大浴場も昔の名残でちゃんと使える。

 これからすることには、うってつけの場所だった。声も音も響くし、ちょうどいい。

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