第十話「開戦」③

  9〈姫沼沙希、九十九えなが、双鈴七竈〉


「何だ……? 夜……?」

 七竈が周りを見渡して唖然と呟く。

 青い渦のワープホールに飛び込んで。歪んでいた景色が急速に像を結んでいった。

 蛇足に乗った沙希たちは、夜の住宅地にいた。真っ直ぐ伸びた通路。周りのマンションや一戸建ての家の明かりは点いていない。不気味なほど、人気がない。馴染みがあるのに無機質で、伽藍堂の部屋に入り込んだような違和感がある。

 明かりが。唐突に灯った。沙希たちの近くにある街灯。それが徐々に、道の先に向かって点々と灯っていく。まるでここまで来いと誘っているように。

「ワープしたんじゃないな。ここは異能で作られた異空間だ。私らは、天星の手の中に飛び込んじまったのかもしれねぇな」

 七竈は呟く。思ったより、状況は複雑なようだ。作られた空間だと言うなら、何が起こってもおかしくないということだ。まるで夢の世界のように。警戒は怠れない。

 えながが蛇足を解いた。沙希たちは地面に降り立つ。

「何が待ち構えているかわからん。慎重に行くぞ。沙希、七竈先生。常に用心じゃ」

 えながの言葉に沙希と七竈は頷いた。沙希は拳銃を引き抜いてチェンバーに弾が送り込まれているか確認。七竈は背中に背負っていた異能の次剣ではない本物の刀を手に持った。

 天星が作り出した空間なのか、沙希の未来視が途端に濁り出す。ノイズが走り、安定しなくなる。

 だがこの先、進むと何かが来る。操られた遺体の群れか。いや、それにしては数が少ない。影になっていて、人の詳細がよくわからない。

「えなが、先生。来るよ」

 異能を使ってくる。異能者だ。二人組。天星に誑かされた子たちか。なるべくなら傷つけずに説得したい。

 一応沙希はゴム弾を装填した方の拳銃を左太もものホルダーから取り出して戦闘準備する。

(……いや。待って。何、これ……?)

 違和感。彼女たちは確かに異能を使ってくる。異能学園の制服を着ている。だが、様子が変だ。まるで人形のように、人の気配がない。そして、この異能は。覚えがある。

「霧とオオカミ! 前に学校で見た異能だ!」

 沙希が叫ぶ。ほとんど同時に、道の先に人影が二つ、現れた。街灯の影になっている。

 片方の少女の影が、手をこちらに向けて突き出した。霧が、周りの景色が呑み込まれるほど白い霧が沙希たちを包み込む。

 そしてオオカミの唸り声。複数。真っ直ぐこっちに向かって来ている。速い。

 未来介入が間に合わない。えながも蛇足を召喚しようとしていたが、印を結んでから指令を出すまでのラグがある。沙希はえながを庇うように伏せて防御姿勢に入る。

 七竈が前に出る。オオカミが飛び出してきた。鞘に納めたままの刀で弾き飛ばした。

 もう一匹。飛び掛かる獣を屈んで避け、その腹に連撃を叩き込む。オオカミは呻き、そのまま地面に転がって消えた。

「異能を使えねぇからって舐めんなよ。こっちは死ぬほど鍛えてんだよ、天星」

 七竈が鋭く言い放つ。目にも留まらぬ動きだった。

 オオカミたちは一旦霧に身を潜めてこちらを窺っているようだ。いつまた襲ってくるかわからない殺気を感じる。

 この霧の中で鼻の利く彼らを相手にするのは不利だ。それに異能だから使役者の異能が尽きない限り復活する。

 先程異能者二人の姿を確認した。それなら。速攻を仕掛ける。

「先生、オオカミたちをお願い。えなが!」

「了解!」

 蛇足が霧の中を突き抜けて飛ぶ。沙希はその背中に掴まっていた。

 召喚されたオオカミたちが。空中から沙希目掛けて噛み付こうとしてくる。遅い。もう未来介入させたゴム弾で、彼らを撃ち落とす。

 この異能は、学園での戦闘で見たものだ。霧とオオカミ。どちらも異能対策部隊の連中が、異能者の少女たちを兵器扱いして使わせていた能力。

(天星が彼女達を助けた……? いや、妙な感じがする)

 一瞬視えた未来のビジョン。この先にいる異能を使う少女たちからは、人の気配を感じない。

 まるで人形のような。……いや、天星の雰囲気とよく似通った何かを覚えている。何だこの、気持ち悪さは。

 霧を抜けた。少女たちがすぐ前にいる。

 確かに人の形をしている。だがその目にも、動きにも。あまりに人間味がない。機械のような無機質さがある。人間に似せられて作られたロボットを目の当たりにしたような、不気味な違和感。

 彼女たちの一人がこちらに目を向ける。無数のオオカミが空中に現れ一斉に沙希を噛み屠ろうとした。

 この距離なら。沙希が十五分早い。未来介入。取り囲むように飛び交うゴム弾の連射。急所を避けて、彼女達にぶつかった。

 オオカミも霧も消える。意識を失ったか。沙希は蛇足を降りて、慎重に倒れた彼女達に近づいていった。

「何、これ……」

 絶句する。後ろに追いついてきたえながと七竈も呆気にとられていた。

 倒れ込んだ少女たちの身体が、崩れていく。まるで灰が空に帰って行くみたいに。少女たちは目を開いたままなんの感情も浮かべず、人形の如く無機質だった。

 少女たちは完全に消失する。操られていたわけじゃない。天星に付いた異能者でもない。彼女達は人間ではなかった。

 人の気配がない静かな夜の住宅街。突如崩れて消えた異能者たち。悪い夢にうなされている気分になる。

「天星か協力者が作った傀儡か……? だけど異能を使わせるなんてそんな高度なこと出来るわけがない。どうなってる……?」

 困惑したように七竈が呟く。正直沙希もわからなかったが、間違いなく天星の仕業だ。

「先生、行こう。あいつをとっ捕まえて全部洗いざらい吐かせればいい」

 沙希は歩き出す。目の前に空間が斜めに避けたような不自然な亀裂があった。空間の裂け目だ。

 中には青い渦が誘うように巻いている。沙希は異能対策弾の装填された拳銃に持ち替えると、えながと七竈に頷きかける。

 裂け目の中に入っていく。


  10


 裂け目のワープホールを抜けて、景色が周りで収束していく。

 先ほどの暗がりの住宅街とは打って変わり、まばゆいほど明るい場所だった。

 天井も、壁も、地面と言うか床に当たる場所も真っ白だ。光源がどこにあるかわからないが、視界は開けている。

 かなり広い。沙希たちの立っている場所が中心になり、大きな正方形の中に入ったような形になっているようだ。伽藍堂で白いせいか距離感が掴みにくいが、一般的な総合体育館くらいだろうか。

 ……嫌な感じだ。まるで戦うことを想定されたような、一切無駄のない雰囲気を感じる。絶対に何かある。沙希は警戒を更に鋭くする。えながも蛇足を自分の傍に召喚し、七竈もいつでも鞘から刃を抜けるように刀を構えていた。

「思ったよりずっと遅かったね。てっきりあの程度で全滅してしまったのかと思ったよ」

 不意に声。そして鳥肌が立つほど禍々しい異能の気配。よく知っていた。

 見上げる。相変わらずこちらより高い位置に浮かび上がって、天星がこちらを見下ろしていた。

「天星……ッ!」

 直前まで気配も未来も探れなかったのは、こいつが作り出した空間のせいか。ショットガンを取り出して、銃口を向ける。えながと七竈も臨戦状態に入った。

 すぐに撃ったって良かった。その前に聞きたいことがある。

「桃色は⁉ お前、桃色に何かしたらぶっ殺してやるからな……!」

「随分なご挨拶だね。安心しなよ、何もしていない。彼女は自分の意志で私のところに来たんだ。同志には小細工なんて施さないよ。……同志には、ね」

 含みのある言葉にカッとなった。沙希は引き金を引いている。異能用の散弾が、鉛の塊を散らばして天星を一斉に撃ち抜く。

 だが天星は衝撃で仰け反りもしない。通り抜けた感じだ。それでも散弾が当たった場所に穴は空いている。そこに虚空の闇が渦巻いていた。

 すぐその銃弾の跡は塞がっていく。異能に効くはずの弾を意にも介していない。

 変わらずに微笑んだままこちらを見下ろしている天星に、改めて沙希は身体の内側がざわつくような嫌悪を抱く。

「まったく、作法がなっていないね。君の教育が良くないんじゃないかい、七竈」

「……その声で私の名前を呼ぶな。お前、誰だよ。續じゃねぇだろ。續と同じ格好しやがって、どういうつもりだ」

「おや、わかるのかい。透子もそうだったけど、十九年も経っているのにまだ忘れられないのかい、天城續を。いい加減未練がましいよ」

「黙れッ! お前は何だッ⁉」

 七竈が吠える。彼女の手は。

 今まで持っていた刀ではない刀を出現させ、刃を鞘から覗かせた。次剣だ。彼女の異能。だがパートナーである透子が傍にいなければ異能が半減して召喚出来ないはずだった。

「……やっぱり、私の異能とお前の異能が共鳴してる。お前の異能は、私のパートナーだった續とおんなじだ。誰かになりすます能力でも、異能の波長までは変えられねぇだろ。……答えろよ。お前は、何だ?」

 七竈は次剣の切っ先を天星に向ける。天星は。相変わらず笑みを浮かべたまま表情を変えない。人間を模した何かと対面しているようだ。いや、その通りなのだろう。

 こいつは人間じゃない。沙希の直感もそんな嫌な予感を落ち着かないほどに覚えていた。

「先ほど君たちには、わかりやすいヒントを出したじゃないか。大体察しているだろ? 言ってごらんよ、答えてあげるから」

 挑発的に言い放つ天星。沙希はえながと一緒に一歩踏み出して、頭上の彼女を睨んだ。

「……さっき。様子のおかしい異能者二人組と会った。前にも学園で見た異能じゃったが、攻撃したらそやつらは塵みたいに崩れ去ったんじゃ」

「操ったり傀儡を作っても、その人の異能が使えるわけじゃない。それで思った。……あれって、あの子達の異能自体じゃないかって」

 沙希たちの言葉に、七竈もピンときたようだ。目を見開いて天星を見上げる。

「……お前は。續の異能そのものだってことかよ……!?」

「御名答。あれだけのヒントでよく気がついたね。感心感心。その通り。私は天城續のコピーの異能そのものだ」

 天星が拍手をして乾いた音を空間に響かせる。

 本来、人が持っている力であるはずの異能。それが持ち主の身体から飛び出して自我を持ち、思考し行動しているというのか。それこそウイルスのように一つの生命体として。

 にわかには信じがたいが、今その証拠が目の前にいるのだ。

「天城續が死んだ時、私は彼女から独立して存在していたらしいね。自我が芽生え始めたのはそう、君達が幼かった頃くらいか」

 天星の視線が沙希とえながを捉える。ぞわっと、内側から探られるような気味の悪さを覚えた。

「人を大分喰らったみたいでね。人と変わらない思考能力を得たよ。天城續の異能のコピーという力が功を奏したね。人に異能を発症させて、そこから異能のエネルギーを吸い取れるんだ。彼女の力なしでは私はここにはいないよ」

「じゃあ、これまでの異能を発症した人は全部……!」

 沙希の憤る声に天星は頷く。

 六月。スクランブル交差点で起きた風を操る異能発症者が出た時から、何かがおかしかった。異能が強すぎたのだ。

 こいつが発症させた。任意で人の中に異能を芽生えさせる。適合しようがしまいが関係なく、強力な力を。

 日南も、そうだったのだ。彼女から、そして他の人達から人生を、大切な人達を、場所を奪った。

 沙希は撃つ。ショットガン。散弾が天星を撃ち抜く。コッキング。装填、再び射撃。

 弾が空になるまで売ったが、天星を撃ち抜いた穴は瞬く間に塞がっていく。

「意味ないよ、姫沼沙希。あらゆる異能を取り込んだ私は進化したんだ。人間が今まで作ってきた異能に致命傷を与える武器は、私には効かないよ」

 天星が、息の上がった沙希に言い聞かせる。

 ウイルスが進化して、今までのワクチンや特効薬が効かなくなるみたいに。こいつは異能から、更に進んだ存在なのか。

 それでも沙希は、拳銃を抜いて天星に向けた。胸の奥から湧くどす黒い殺気が。身体を突き破りそうだ。

「何であたしたちをここに呼んだの。何で人をいっぱい殺したの。桃色をどうする気なの。何で、あたしのお母さんたちを殺したの。……お前は、何がしたいんだよッ!?」

 叫ぶ。こいつに大切なものをいくつも奪われた。更にこいつはこの世界までもぶっ壊そうとしている。

 こいつが異能そのものだとしたら、異能者のための世界を作るなんて大嘘だ。こいつは何がしたい。何の権利があって、人々を、あたしらを踏みにじるんだ。いい加減、もううんざりだった。

「質問が多いね。答えきれないよ。せっかく来たんだ、急かさずに遊んで行っておくれ。今、玩具も用意するからさ」

 天星は上から降りてきて、沙希たちと同じ地面に降り立つ。そして自分の隣に掲げた手。そこに青い渦のワープホールが出現する。

 沙希たちは身構える。仲間に引き入れた異能者の誰かを呼び出したのか。

 確か天星には側近のように従えていた異能者がいたはずだ。鏡花だったか。彼女を戦いの場に出させるつもりか。

(……いや。この異能の雰囲気、どこかで……)

 感じた異能の気配に覚えがあった。いやそんな感じじゃない。よく馴染んだ、いつも間近で感じていたような。違和感。

 天星が口を開く。

「これは天城續のコピーという能力の延長なのか、それとも独立した異能と言う私の性質なのか。まだ私自身もよくわかっていないんだけれどね。私は取り込んだ人の異能に、形を与えて具現化させられるんだ。ただその発現は、その異能者本人が死んでいる場合に限る。そういう制約でのみ扱える力みたいだね」

 ──例えば、こんな風に。天星のワープホールの向こう側から、誰かが姿を現した。

「なっ……⁉」

 言葉を失う。何より、少し前に立つ七竈の背中から凄まじい動揺が伝わってきた。

 出てきたのは、透子だった。姿形、異能の気配。全てが彼女そのままだった。ずっと傍にいた。教師として、沙希たちを案じてくれていた。間違えるわけがない。

 でも、透子じゃない。その表情は。まるで人形を見ているような。精巧に作られた、感情のない仮面を見ているような。無機質な瞳でこちらを見ていた。そこには、何の感情もない。

 これは、いなくなってしまった透子の異能。それを天星が形を与えてこの世界に発現させた。それが、痛いほどわかった。

「ちなみに彼女は作り立てでね。思考能力や感情表現はあまり得意じゃないと思うよ。それでも戦闘はある程度こなせるよう組んでみたから、遊んであげてよ」

「天星ッ!! てめぇッ!!」

 七竈が天星に斬りかかる。沙希たちですら目に負えない速さ。目前に迫り、刃を振るおうとする。

 だがその刃撃は。防がれた。刀が天星を捉える前に空中で止められる。透子の、透明な盾だ。

 そして透子は、彼女の異能は矛を構える。七竈目掛けて。

「透子ッ! 待て! 私だ!」

 呼びかける七竈。だが意に介さず、透子は矛を突き出す。突きの連撃。七竈は刀で何とかそれをしのぎつつ後ろへと飛びずさった。

「無駄だよ。これは私が発現させた彼女の異能に過ぎない。まだ私のような自我はない。けれど、私を守って君たちを敵とみなすようプログラムしてみた。どうやら成功したみたいだね。ゆっくりしていってよ」

 言った天星の身体が浮き上がり、頭上の空間の裂け目へと消えていく。どこかへ移動したようだ。

「待てッ!」

 沙希とえながは咄嗟に追いかけようとする。そこに透子が立ち塞がった。

 矛を構えた彼女に。沙希は銃を、えながは蛇足の印を結んだ指先を向ける。だが見た目は完全に、親しんだ透子そのものなのだ。彼女の異能でしかないと頭で理解しても。心がそれを迷わせる。

 透子が矛先で沙希たちを薙ぎ払おうとする。反応が遅れた。やばい、喰らう。身構える。

 矛撃を、間に飛び込んできた七竈が刀で受け止めた。刃と刃の鍔迫り合い。噛み合った刃が火花を散らす。

「先生!」

「……お前ら、天星を追え。こいつは私に任せろ。こいつのことは私がよぉく知ってるからな。すぐ追いかける。行け」

「でも……っ」

「安心しろ、透子の異能と共鳴して私も次剣は使えっから。それに、私たちよりお前らの方がずっと強い。……天星に、吠え面かかせてやれ」

 体当たりを喰らわして。七竈は透子と一緒に吹っ飛び沙希たちとの距離を取る。

「行けッ! 宝石月を頼むぞ!」

 矛の突きを、刀で紙一重請け負いながら七竈は叫ぶ。

「……行くぞ、沙希」

 えながが手を握って、沙希を先導する。沙希は迷いつつも、彼女と一緒に歩んだ。

 蛇足に乗って。天星が消えた頭上の裂け目へ飛び込む。

 一瞬見た七竈は。刀を高く構え、透子と、彼女の異能と向き合っていた。

(大丈夫。絶対大丈夫。先生は、絶対あたしたちに追いついてくる)

 そう信じて、進むしかなかった。


  11〈双鈴七竈〉


「……懐かしいよな。異能を交えた、本気のぶつかり合い。あん時は訓練の組手だったけどさ。お前、めちゃくちゃ強かったんだ。まあでも勝敗は五分五分か。まだ決着、付けてなかったもんな」

 矛先が仰け反った七竈の顔の前を掠めて、髪先を僅かに裂いた。ぱらりと毛が散る。鋭さは変わらずか。一撃でもまともに受けたら真っ二つにされるだろう。

 七竈は矛を振り切った透子の懐に入り込む。刀を持ったまま、両手を合わせた掌底を身体に叩き込む。

 透子は地面を滑りながら後ろに吹っ飛ぶが、矛先でブレーキを掛けて減速する。そしてこちらに矛を投げつけてきた。

「温いッ!」

 構えた刀で素早く矛を弾き落とす。そしてこちらから飛び掛かった。斬撃。三連。しかし全て、彼女の盾が相殺する。

 透子は矛を手元に引き戻す。傍に来た七竈に一撃喰らわせようと矛を振りかぶった。

 その肩に。後ろから飛んできた刃が刺さる。次剣は七竈が異能で作り出した刀。透子の矛と同じく引き寄せることが出来る。今使っていた刀は、本物のフェイクだ。

「……本物のお前だったら、今の攻撃くらい見切ってたろ。どうした? そんなもんかよ」

 言った七竈を見ずに、透子は自分の肩に刺さった刀を無感情に引き抜いて捨てる。七竈はすかさずそれを自分の手元に戻して握る。

 肩の傷から血は出ない。ただ黒い虚無が裂け目から覗いていた。

(……やっぱりこいつは、透子じゃないんだな)

 改めて思い知る。こいつは透子に宿っていた、ただの異能自身なのだと。

 傷口はたちまち塞がっていく。……天星め。透子のことはガチで頑丈に作りやがったな。悪趣味な奴だった。

 でも、これで吹っ切れた。あいつは續とは違いすぎる。天星は、倒さなければならない。この世界のためにも、自分たちのためにも。

「……その前に、まずはお前だな。決着付けるか。どっちが強いか、ようやくわかるな」

 突きを繰り出す矛先を避け続ける。やっぱり動きがぎこちない。透子の矛さばきはもっと鋭いし素早い。本来なら一発くらいはかすり傷でも負っていたはずだ。だからやっぱり、こいつは透子じゃない。

 刀を振るう。盾で防がれたが、更に押し込んだ。

 盾になっていた透明な空間が砕けた。やはり脆かった。そのまま斬りつけようとしたが、反応した透子が矛の持ち手で防いできた。さすがに一筋縄では行かないか。

「……七竈。續」

 ふと透子の口が、言葉を発した。名前。はっとしてしまう。

 隙を作ってしまった。横から透子の蹴りが飛んできた。反射的に反対側に飛びのいたが、わき腹に喰らってしまう。

「ぐっ……!」

 地面に倒れ込むときにすかさず受け身を取る。視線を透子から逸らさずに、体勢を立て直して七竈は刀を構える。

(今名前を呼んだ……? ただ異能だけ形にしたわけじゃないのか……?)

 あるいは天星のように、自我が彼女に芽生えることがあるのか。

 わからない、が。今の彼女は。ただ七竈を敵として捉え矛と一緒に突っ込んでくる。

「上等……ッ」

 七竈は次剣を鞘に納めて身体の前に掲げる。異能は共鳴している。最大限の力が出せる。出し惜しみは、無しだ。

「将軍四刀流、暴れ柳」

 次剣が、七竈の両手に現れる。そして七竈の傍の空中にも二刀、漂うように現れて刃を剥き出した。

「……お前も辛いもんな。いいよ。楽にしてやるから」

 ──来い。矛を振りかぶった透子を、七竈は正面から迎え撃つ。

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