第五話「天星」③


  3


 撃つ。撃つ。撃つ。全部天星の眉間を狙った。

 天星の傍らに立つ鏡花がすぐ手をかざす。弾が全て天星に届く前に静止した。

 サイコキネシス。さっきの対策部隊の弾が撃った本人たちに跳ね返ったのも、追いかける沙希たちに建物の塊が突っ込んできたのも彼女の仕業のようだ。

 沙希は拳銃を放るとすぐに背負ったラケットバッグからショットガンを取り出し、コッキングして引き金を引く。

 散弾。だがそれも止められた。コッキング、射撃。弾が空になるまで沙希は何度も引き金を引いた。

「……終わりか? 弾の無駄撃ちはやめて少し冷静になったらどうだ」

 撃ち尽くして銃声の代わりに静寂が辺りを支配する。鏡花が呆れたように言う。

 沙希は硝煙を上げる銃口を、天星に向けたままだった。反動を受けて右肩と腕がびりびりと痺れていた。

 鏡花が手を下ろす。浮いたままの銃弾が、ビー玉のように一斉に地面へと転がった。

 弾は全部止められた。と、向こうに思わせることが出来た。

 沙希は腕のデバイスで時間を確認し、えながにもさりげなく視線を送る。彼女も小さく目だけで頷いた。

「天星様。お言葉ですが彼女らを勧誘しても無駄なようです。行きましょう。ここでの目的も果たしましたし。……天星様?」

 鏡花に促されたが、天星はこちらを向いたまま動こうとしなかった。貼りついたままの笑みが、まるで精巧な人形の表情を眺めているようで気味が悪い。やはりこいつは、どこか変だ。

「天星様? どうかしましたか?」

「いや。先に行っててもいいよ、鏡花。もう少し彼女たちに付き合うことにする。すぐ追いかけるから」

 天星の言葉にはっとなって、沙希は左足のホルスターからショットガンの弾を取るとそれを銃に込めた。

(バレた……? いやでも正確に撃ち抜けた、はず……)

 未来介入。先ほどまで一切未来を見晴らせなかったが、身に滲んだ怒りが力を解放してくれた。

 三分先。がむしゃらに撃ちまくったように見せかけて、数発の弾丸を未来介入させた。確実に、天星を撃ち抜ける未来に。

 だが今はあまりにイレギュラーが重なりすぎている。先ほど車のタイヤを撃ち抜こうとした時も、弾丸は何故か現れなかった。

 嫌な予感が、鼓動と共に胸を打つ。少しずつ強くなる。

「……一つ、授業と行こうか。姫沼沙希」

 ショットガンを構え直した沙希に向かって、天星は人差し指を立ててみせる。沙希は引き金に指を掛けていつでも撃てるようにする。

「何? こっちの動揺を誘う気なら無駄だよ?」

「ははっ、手厳しいね。いいかい。君が介入している未来は、現在と一直線で繋がっていると考えているだろう? だが実際には違う。時間とは点と点が線で結ばれているわけじゃない。面と面が、いくつも複雑に折り重なっているんだ。一秒一秒。もしくはそれよりも細かくね」

 天星は自らの掌と掌を合わせる。その間も、笑みは崩れない。

「『バタフライ・エフェクト』って映画は観たことあるかい? あれは君とは逆で過去に介入することで未来が大きく変わってしまう話だ。ちょっとした行動が、訪れるはずの未来を大きく変えてしまう。つまり我々がいる未来は、触れた面と面で細かく分岐している。どの未来が訪れるか。それは絶対じゃないんだ」

「何が、言いたいの?」

 沙希は構えたままデバイスを確認する。三分。経った。

 だが天星を撃ち抜くはずの弾丸は、現れない。ありえない。引き金を絞る指に力を込める。

「未来というのは平行に等しく並んでいるんだよ。マルチバースというやつだね。そして私の力では、訪れるべき未来のうち、自分の好きな平行線のうちの一つを選ぶことが出来るんだ。君の上位互換かな?」

 ──例えば。天星が立てた人差し指を、軽く折り曲げる。

 銃声。三分前に撃ち放った沙希の弾丸。それが、隣にいたえながの身体を撃ち抜いた。

「がっ……⁉」

「えなが……ッ⁉」

 倒れ行くえながの身体を受け止める。頬に血飛沫を浴びる。血飛沫、感謝──。幼い頃の傷が、目の前でオーバーラップする。

「君の未来介入が暴走し、大切なパートナーを撃ち抜いてしまう。今私が選んだのは、そういう未来だ。わかりやすいだろう?」

「天星ィィイッ!!!!」

 えながを抱き起しながら、沙希は片手でショットガンをぶっ放した。それもすぐ、鏡花のサイコキネシスで止められる。

「動揺は誘えたようだね。大丈夫だよ。その程度の傷は私なら治せる」

「えながッ! えなが⁉ 大丈夫……⁉」

「平気、じゃ……。それより、あやつらから目を離すな……ッ」

 えなががだらんと下がった右手を必死に握りこむ。蛇足が、沙希を守るように周りでとぐろを巻き天星たちを威嚇する。

 腕、腹、足。散弾が彼女のか細い身体を貫いていた。溢れる血が、制服に赤い染みを広げていく。息が詰まる。目の前がぼやけそうになる。でも必死に、沙希は天星たちから視線を逸らさない。

「さて、授業は終わりだ。そろそろ行くよ。また会おう。今度は東京校の方でね」

 天星は表情を変えずに手を振って、そのまま背後に現れた青い渦へ戻っていこうとする。こちらに背を向けて。

 ……舐めすぎだ。沙希はショットガンのフォアエンドを歯で咥えて引き薬莢を出すと、そのまままた銃口を片手で天星に向ける。

「鏡花。異能は使わなくていいよ。彼女は撃てない。──ここで私を殺してもいいけど、その大事なパートナーも死ぬよ?」

 引き金を絞る指が強張った。鏡花は力を使っていない。今なら弾丸は天星に届く。

 だが沙希は、銃を下ろした。腕の中で体温を失いつつあるえながを前にしたら、もう出来ることは何もなかった。

「沙希……! 殺せ……! 私の代わりならいくらでもいるじゃろうが……!」

「……ごめん」

 息絶え絶えに制服の袖を掴んだえながに、沙希はぎゅっと目を閉じて謝るしかない。

「いい子だね。純血がいなくなってしまうのは私も心が痛い。約束はちゃんと守ろうじゃないか」

 天星たちの気配が消えた。

 同時に、えながの血も止まる。どす黒い血が染みた制服を慌てて破ると、撃たれた傷は最初からなかったかのように消え去っていた。

「……ごめんね、えなが。選べなかった」

「……いいんじゃ。私がお前でも、同じ選択をした。自分を、責めるな」

 起き上がったえながの手が、座り込んでいる沙希の頭を撫でてくれる。

 その優しい手つきで。沙希はようやく、涙を流すことが出来た。

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