第六話「そして悲劇は幕を開ける」⑤


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「明らかに誘い込みだ。うちらの戦力を分散させて、学園に攻め込んでくるつもりだな。罠だぞ」

 七竈が言う。皆、承知していただろう。頷き合った。

「それでも、誰かが行かねばなりませんわ。被害が出てるし、これからも広がる。……わたくし達が出ます。ゴリ、準備を」

「いつでもぶっ飛ばせます、真凛」

 真凛とシスターが立ち上がった。

「わ、私も! 行かなきゃ……。この街の人達を守りたい。守ら、なきゃ」

 桃色も立ち上がる。同じく席を立った智尋が彼女の形に手をやる。

「そうだね、桃色。助けに行こう。ボクたちも出ます。構いませんね?」

 理事長の豊橋に確認。彼女は頷いた。

「……はい。よろしくお願いします。こんなことしか言えないけど、ご武運を。絶対、無理はしないように。死んではダメ」

「無理は承知。でもわたくし達の勝ち。わたくしは高目グループを将来率いていく人間。そしてゴリは、その妻です。簡単にはくたばりませんわ」

「死なねぇ程度に、無理します。皆さん、神のご加護を。いない神には祈らぬように。両手が塞がります」

 窓を開けた真凛。彼女は戦闘機の形をしたバイクのような姿になる。そこにシスターが飛び乗り、あっという間に空の彼方へ消えていった。異能の反応がある方へ。

「ボクたちも行こう、桃色。絶対死なせないから。無理は絶対しちゃダメ。わかったね?」

「うん、うん。大丈夫、死なないし、智尋も死なせないよ。行こう。……サッキィ、ツックー。行ってくる。二人とも、死んじゃダメだからね?」

 桃色が、少し強張っているけれど笑いかけてきてくれたから。沙希も笑って、握った拳を突き出した。

「もちろん。そっちも頑張って。今度、前言ってた水族館にみんなで言って、vlog撮ろう。楽しみにしてるからね」

「私も邪魔かもしれんが行くぞ。水族館は好きじゃ。帰ってくるのを待っとるからの」

 沙希とえながが言うと、桃色の嬉しそうに目を細めた。智尋は彼女の肩を抱き、沙希たちに頷く。「彼女は任せて」。そう言っていた。信じないわけがない。

 桃色たちもMrs.の大きな手のひらに乗って、学園の外へと飛び出した。その背中を最後まで沙希とえながは見送った。

「異能の反応は複数あります。あの子たちだけで大丈夫かな」

「天星たちがどう出てくるかわからない。大人数で押し寄せるかもしれない。これ以上の戦力の分散はまずい。……あの子たちを、信じよう」

 不安げに桃色たちと真凛たちが行った先を見ていた透子の背中を、七竈が叩く。

「あの子たちも、私たちにこの学園を託してくれた。期待には応えましょう。私たちは生徒会。絶対学園を守ります」

「まあ、死なない程度に」

「やるぞ! やるぞ! やるぞ! 悪を滅ぼす! 正義をパワーに! いいですとも!」

 生徒会三人も気合いを入れた姿を見せる。沙希は。

(……正直、不安しかない。あたしの力が、あいつに通用するか。でも、やるしかない)

 握った手は、震えそうなほど力む。それを、えながの両手が包み込んでくる。

「……沙希。行けるぞ。鍛錬はこの日のためにお互い積んだじゃろう。天星を止めるぞ」

 彼女がまっすぐにこちらを見て、言ってくれるから。沙希も少し肩から力が抜けて、頷けた。

「うん。……ありがと、えなが。大好き」

 言ってしまった。えながは少し驚いたように目を見開き、それから頬を緩めた。初めて見た、穏やかな笑顔だった。

「私も大好きじゃ。沙希。……生き残るぞ」

「合点承知」

 拳と拳を交わわせる。覚悟は決まった。対策もしてある。

 ――いつでも来い、天星。返り討ちにしてやる。

『学園入り口に異能の反応あり。暴走の傾向なし。異能適合者の可能性大』

 腕のデバイスが、学園のスピーカーが告げる。おいでなすった。空気がピリつく。決戦の時だ。

「みんな、外に出るぞ! 油断するな。――透子、準備。私らが先頭だ。迎え撃つ」

「わかった」

 七竈は鞘に納めた日本刀を、紐に結びつけて手に巻き付けていた。隣の透子は、大振りの薙刀を携えていた。

「姫沼、十五分は視えるか。あいつは来てるか?」

「……ダメ。天星の異能に干渉されて、数十秒先しか。でもあいつは近くにいる。あたしの未来視が狭まってるってことはそういうことだと思う」

 七竈に聞かれて沙希は答える。ノイズがひどすぎて、十五分先はとても見通せない。だが、前みたいにまったく見えなくはない。数十秒。クリアに見えるし、介入できる。充分いける。

 沙希は愛用のショットガンを背負った。一応自動小銃と、サブで拳銃を太もものホルスターと腰にも。臨戦状態。

 えながもいつでも蛇足が出せるよう、右手を蛇の頭の形を模させている。行ける。戦いだ。

「間違いないな、あいつだ。よし行くぞ。みんな、やばいと思ったらすぐ逃げろ。私らの命に替えてもお前らは絶対に守る」

「みんな、絶対に死なせないからね」

 七竈と透子を先頭に、沙希たちと芳翠たち三年生は学舎の外へと向かう。豊橋は残った。「みんな無事に会いましょう」と祈るように彼女は見送ってくれた。

「何だ……?」

 外に出る。敷地内は、異常だった。

 深い霧が立ち込めている。周りを見渡せないほど、煙のような濃いそれだ。沙希たちが降りてくる一瞬で、辺り一面の視界が奪われた。

 間違いない。異能だ。七竈が語った、天星のコピー異能の一つか、それとも他の仲間の異能か。死角から奇襲を掛けてくるつもりかもしれない。

「蛇足。薙ぎ払え」

 えながが右手を振って、蛇足に尻尾を振るう。風圧は起きたが、霧はまるで空気に貼りついたみたいに一切揺らがなかった。視界が一切晴れることはなかった。

「毒や何らかの作用を及ぼす効果はないみたいね。吸っても大丈夫。それでも周囲の情報が制限されるだけで厄介だわ」

 芳翠が言った。彼女はそういうのに判別が利くらしい。

「異能者の反応が入り口の方にある。一人だけみたい。天星かもしれない」

「あいつ、正面から堂々と一人で乗り込んで来る気か? 舐めてんのか、何か企んでんのか……?」

 透子と七竈が腕のデバイスで確認して訝しみながら、霧の中を学園の正門に向かって進む。続く沙希たちも、周辺への警戒を怠らない。

 白い視界の中からいつ何が飛び出してくるかわからない。そんな緊張感が張り詰めている。まるでホラー映画のそういうシチュエーションみたいだ。

 正門が見えてきた。鉄格子の門は、重々しくその口を閉じたままだ。防壁も、学園周辺を覆っている。壊せるのは、沙希たちがこの目でその瞬間を目にした天星くらいだろう。

 だからあいつは、絶対その時に姿を見せるはず。数十秒先。沙希の未来視は干渉され続けているから、あいつは絶対探知されないどこか近くにいる。でもまだ姿は視えなかった。

「門のところ、防壁の外だ。いるぞ。異能者だ」

 腕のデバイスを確認して、七竈が鞘に納めた刀の柄を手に取り構える。透子も薙刀をいつでも振り下ろせるようにした。

 沙希も意識を集中する。数十秒、未来。視えた。視て、しまった。

「……嘘でしょ……。こんなのって……」

「どうした沙希。何を視た?」

 えながが沙希の異変に気付く。絶句した沙希が答えるより先に、起きた。

「なっ……⁉」

 誰かが声を上げた。

 霧が。正門のところだけピンポイントに薄らいだ。鉄格子の外。誰かがいた。いや、違う。いさせられていた。

 拘束されている。枠のようなものに嵌められて縦に立つように起こされ、拘束着を着せられて両手が服に縫い付けられている。目も口は、縫い付けられていた。呻く声が静寂の中、地の底から響くこの世のものとは思えぬ音に聞こえた。

 おそらく、沙希たちとそんなに変わらない少女。

 悟る。この払えない霧は、彼女の異能。異能を、使わされている。まるで、兵器のように。

 動揺したせいで未来視が遅れる。防壁が、音を立てて崩れ落ちた。

 沙希は上を見上げる。青い渦のポータルから姿を見せた天星が。薄らいだ霧の中に一瞬見えた。彼女は沙希を見据えて、笑いかけてきた。すぐその姿は、濃さを増した霧に呑まれて見えなくなる。

「天星ィッ!!」

 叫ぶ。ショットガンを構えた沙希はそのまま彼女のいたところを突っ込もうとして、足を止めた。

(は……? あのクソ女、まさか……ッ)

 数十秒、訪れる未来。視た。悟る。このためにあいつは、沙希の未来視を妨害していた。わざと兵器として使われた異能者の少女の姿を見せた。

 あいつの企み。全部、罠だ。

「みんなッ! 撃たれる! 伏せてッ!」

 叫ぶしかなかった。まだ数秒余地がある。だが沙希にはこの人数をありったけの銃弾から守る術がない。

 先頭に飛び出したのは、生徒会の一人。香坂蒼だった。

「遮り断てッ!」

 蒼が叫ぶ。彼女の前に、曲線の透明な膜が張られる。後ろの沙希たちを守るように。

 銃声。連続。自動小銃。一斉射撃。咄嗟に沙希たちは伏せる。こちらを撃ち抜くはずだった銃弾は、蒼の張った膜が全て呑み込んだ。

「くっそ、異能専用弾か……っ。きつ……っ」

「蒼……!」

 倒れていく蒼を、芳翠と鎌足朱里が同時に飛び出して受け止めた。生きている。が、口の端から吐血していた。異能に作用する専用の弾。彼女に良くない影響をもたらした。致命傷ではないが、まずい。

 正門の鉄格子が、音を立てて外れ倒された。霧の中。特殊スコープを顔に付けた軍人装備の団体が自動小銃をこちらに構えながら突っ込んできた。

「東京校の異能者ども! 投降しろ! さもなくば撃ち殺すッ!」

 異能対策部隊。隊長格らしき一人が吠える。

 天星は。こいつらと手を組んだ。ように、こいつらに思わせた。

 あいつはあたしたちに。この非異能者たちを、殺させようとしているのだ。

 異能者と非異能者の対立を、激化させるために。

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