第八話「遭難」③


  5

 

「えなが! しっかり掴まって!」

 飛ぶ。ビルの屋上から。

 えながを抱いて上を見上げながら落ちる。巨大な岩が、今沙希たちが立っていた屋上全体を押しつぶした。

「すまん! 八岐大蛇を召喚している間、蛇足は独立して出せんぞ!」

「わかってる! 任せて!」

 パラシュート。また未来の異能対策部隊の遺体から拝借した。

 背負って、展開。減速。だが息はつけない。

 今屋上を叩き潰した岩と同じようのが、今度は沙希たち目掛けて落ちてくる。ノイズだらけだが未来の危険を捉えた。

(もうちょい、もうちょっと……!)

 数えて、パラシュートを外す。同時にフックショットを打ち放つ。

 さっきよりも背の低いビル。そこに引き寄せられ、沙希たちは何とか着陸する。岩が落下する轟音と衝撃が来た。多分パラシュートはぺちゃんこにされたのだろう。

「大蛇ッ!!」

 複雑に蠢くえながの八本の指。巨大な異物の影を喰らう、喰らう、喰らう。

 しかしすぐさま異物は喰われた場所を修復。そして腕を横に振りかぶる。

 手には、でかすぎる電柱。物のサイズも自在か。大蛇を一気に薙ぎ払うつもりだ。

 させない。未来介入。えながが大蛇に異物を喰らわせた時、既に沙希は撃ち放っている。

 ロケットランチャー。空になるまで撃った。異物の持ったそれにクリーンヒットで粉々になる。

 異物がぬるりと。動かした顔で沙希たちを見た。ぞくり。凄まじい悪寒が走る。

 だが注意が逸れた瞬間。大蛇の四つの首が異物の胸を貫いた。

 間違いなくコアにヒット。打ち砕いた。異物が大きく仰け反る。倒れかける。

「智尋くん……」

 異常な異能の気配が萎んでいく。何とも言えず、胸に空白が開いたような気持ちになった。

 その虚しさを共有するように、えながの目も遠くを見つめていた。

 だがそれはすぐに見開かれる。

「……沙希。まだだ。死んどらんぞ……!」

 はっとなる。慌てて未来視を働かせる。危険。危険。危険。やばい、回避が間に合わない。

「えながッ!!」

 咄嗟に彼女を庇う。背中に鋭い痛み。突き刺さりまくる。

「ぐ、うぅ……ッ!」

「沙希!? お主何を……!?」

 ガラス片の礫。こちらに飛んできた。よかった、デカイ攻撃じゃなくて。おかげで背中にダメージだけで、えながを庇うことが出来た。

「平気。介入でいくつか振り落としたし、軽く刺さっただけ」

 未来介入させた自分の手に破片を抜いてもらい、更にファーストエイドキットで複数の手に素早く応急処置してもらう。ロケットランチャーと一緒に未来から輸入しておいてよかった。異能部隊は装備潤沢で助かる。

「……やばい。えなが、もう来る」

「何⁉ 速すぎる……!」

 その通り。速すぎる。

 コアは確かに破壊された。智尋の異能の気配は消えつつあった。それなのに。

 今目の前に降り立った宙に浮かぶ智尋と同じ身長の影。そこからむせ返るくらい溢れる異能の邪気はなんだ。

 影が腕を振るう。車が。一般車から二トントラックまで車種多様に、雨の如く沙希たちに降り注ごうとする。

「蛇足! 薙ぎ払えッ!」

 宙に現れた蛇足の軍団が、尻尾で車を薙ぎ払う。八岐大蛇は一旦消したようだ。車たちはビルの屋上の外へと落ちていく。

 えながの消費が激しい。大量の汗が浮き、息もずっと乱している。

 沙希も同じようなものだ。未来のものを今に引き寄せる境界越えは異能に負担が掛かる。ただでさえ二人とも、学園での戦闘から碌に補給も休憩も出来ていないのだ。このままでは防戦一方で削り取られる。

 ふと、違和感。どうしてあたしは、ここまで思考できている? 影は。智尋の異能は動かない。攻撃が来ない。止まった? 違う。

「なっ……⁉」

 沙希たちの立つビルが、大きく傾いた。倒壊する。立っている場所が大きく斜面になり、沙希たちの身体は滑り落ちていく。

「えなが……!」

 さっきガラスが刺さった背中に地面だったところが擦れて呻きながら。沙希はえながに手を伸ばす。彼女もしっかり掴み返してくれた。

「蛇足! 拾えッ!」

 地面が完全に垂直になり沙希たちは空中に投げ出される。すかさず印を結んだえなが。飛び込んできた蛇足が、背中で沙希たちをしっかり受け止めてくれた。

「ありがとえなが……間一髪……。何がどうなって……⁉」

 沙希は先ほどまで自分たちが立っていたビルの方を見る。息を呑む。

 崩壊していくビルの下から、新たなビルが生えてきていた。まるで木が成長していくのを倍速で見せられているかのような光景。それがあのビルを、根本から捲り倒したのだ。

 危険察知。未来が危機を告げてきた。だが速い。間に合わない。

「えながッ! 蛇足を……ッ!」

 飛んでいた蛇足がぐんと止められた。反動で沙希たちはその背中から振り落とされる。

 巨大な影の腕が、蛇足の尻尾を捕まえていた。また異物が、自分の身体を大きく修復した。その速度が速すぎる。今のビルといい、修復のスピードが尋常じゃない。そして自ら負った傷をも瞬時に直してしまう。どうしたらいいんだ。想像以上にやばすぎる。

 異物は大きな蛇足を両手で掴み直すと。そのまま勢いよく胴体を引きちぎった。

「がッ、は……ッ!」

 落ちるえながが血を吐く。八岐大蛇じゃない蛇足のダメージが彼女の身体を蝕んだのだ。沙希は必死に空中でもがきながらえながを必死に抱き寄せる。

 未来視。して、速攻フックショット。ぐんと身体が引き寄せられ、別のビルの屋上へ。ぐらついたえながを抱きかかえながら無事着地できたのは、正直奇跡だった。

「えながッ! 大丈夫⁉」

「平気、じゃ……っ。かすり傷の方が痛いくらいじゃ……」

「強がり下手くそすぎって……。無茶しないで、ここはあたしに……」

 危険察知。その場でフックショットを構えるが、フックが届く建物が傍にない。

 見上げるほどの巨躯になった異物が、こちらに振りかぶったものを投げる。鉄骨。でかすぎる。今立つビルなどそのまま叩き潰してしまうだろう。

(やばい、回避が間に合わな……っ)

 死を覚悟した。詰みか。

「八岐大蛇……ッ」

 傍らに抱いたえながの声。彼女は八本の指を構えている。

 突き出した大蛇の複数の首が、向かい来る鉄骨に体当たりして軌道を変えた。地響き、轟音、土埃。だが無事だ。沙希たちの立っているビルは崩されなかった。

 沙希の視界に姿を見せた、八本の頭と尻尾を持つ大蛇。自分たちを庇うように巨体の影と向かい合い、大きく吠えた。

「えなが! そんな無茶したら異能が……ッ!」

 自分の身体に収まりきらないほどの異能を消費すれば、暴走してこちらも異物と化してしまう。だが。

「出し惜しみはなしじゃろ……? 智尋を止めるんじゃ。約束したぞ」

「っ……。えなが、絶対死なないでよ。あたしを一人にしたら、承知しないから。向こうまで行って引っ張って連れ帰るからね」

「ふふっ。それなら尚のこと、今は死ねんなぁ……」

 二人で笑い合う。余裕がないのはお互い様だ。

 相手は、破壊された自分のコアすらすぐさま修復させる異物中の異物。先ほど智尋の異能の気配が消えかけて、すぐ復活したのはそういうことだ。

 欠片少しでも残したらすぐ修復されてしまう。だからコア全部を、一気に消失させるように壊すしかない。

 そんなこと出来るのか。というか、それすら有効であるかわからない。壊した瞬間に修復が可能なら。もうあの異物は手が付けられない。

(……でも、やるしかない。約束したんだから)

 智尋を、止める。もう誰も殺させない。

 ロケットランチャー、自動小銃。マガジン。手榴弾。その他もろもろ。ありったけ周辺の未来から、もう使わない対策部隊の連中の装備を引っ張り出してくる。境界越えはえげつなく息が上がる。だが、出し惜しみはなし。

 全力だ。


  6


 巨体の異物が腕を振るう。鉄骨のが。矢の雨の如くこちらに降り注ごうとしてくる。

 それを沙希が介入したロケット弾が、片っ端から弾き落としていく。そして。

 えながの召喚した八岐大蛇。四本の指を彼女が動かすと、複雑にうねった四本の蛇の首が巨人の両腕をもぎ取った。

 残り二本の首が。心臓の部分に突進し、突き破る。

 一瞬静まった、智尋の異能の気配。だがすぐ、首をもたげるように空気を揺らしぶり返してくる。

「くそ……っ、一部分しか削れんかったか……! 奴のコアはデカい。一気に全部塵も残さず破壊せんと、すぐ修復されるな……っ」

「えなが。あたしに試させて。一か八か。全部ぶち込む。異物の胸に、もう一度風穴を開けてもらえれば」

 合わせたえながの眼差しは、沙希がやりたいことを瞬時に悟ってくれたみたいだ。

「無茶するなよ。思ったより私たちは限界が近い」

「お互い様でしょ。出し惜しみなし。全力」

「……そうじゃな」

 えながが巨人の方を向いて、指を構える。八岐大蛇が動き始める。

「……私のことも一人にしたら。承知せんからな、沙希」

 ぼそりと呟く声は縋るようで。……素直じゃないやつ。大好き。

 影の巨人が大蛇に掴みかかる。大蛇の首は、えながの操術で巧みにそれを除け身体を貪る。

 更に降り注ぐ鉄骨の雨。大蛇は八つの尻尾で自身の巨身をサイドステップさせてそれを避けた。

 えなが自身も、段々あの異物の行動パターンに慣れてきたみたいだ。勝機はある。と思いたい。大丈夫なはずだ。不死身など、この世は存在しないから。

(絶対止めるからね、智尋くん)

 沙希も準備をする。異能が異物に阻害されてノイズまみれだが、数秒先なら、介入も行ける。こっちだって鍛えた。対策されてばかりではないのだ。

 だがそこで、飛び込んでくる自動設定の危険察知。未来。大蛇が、やばい。

「えなが! 大蛇を! すぐその場から離れさせてッ!」

 えながはすぐ八岐大蛇を飛び退けさせた。ダメだ速い。範囲が広い。広すぎる。

 飛び退く大蛇。しかしその巨身はいともたやすく掬い取られる。

 木だ。大樹だ。周りの高層ビルより太い幹のそれが急速に地面から生えてきた。その触手のような枝が、大蛇を掴むように浮かせる。

 その無防備に絡め取られた蛇に、巨人は近づく。首を八本。両手で掴むと振りかぶって思い切り引き千切った。

「がッ、はッ……!」

 えながの掌が裂けて血が噴き出た。口からも吐血。尋常じゃないダメージが彼女を襲った。

「えながッ!!」

「沙希ッ! 臆するなッ! これも想定内じゃ!」

 えながが叫ぶ。そして引いた指を、思い切り前に突き出した。

 引き抜かれた首が一瞬で生え変わる。そして八本の首は束となり、槍のように巨人の胸を貫いた。

「風穴は開けたぞ! 沙希ッ!」

「ありがと! もうやってるッ!」

 数十秒先まで。掴める未来を無理矢理拡げていた。もう沙希は、攻撃を終えている。

 風穴が空いた巨人の胸に。ロケット弾がありったけぶち込まれる。続いて手榴弾。自動小銃の絶え間ない銃撃。沙希の持ちうる攻撃手段、ありったけ異物のコアに叩き込んだ。

 智尋の異能の気配が薄れていく。爆風の中、影の巨人が身体を崩しながら倒れ始めた。

「やったか……⁉」

 えながが固唾を呑んで顛末を見守る。沙希もだ。異能の巨体が崩れていく。まるで灰が空気に舞い上がっていくように。

 今度こそ。見送れた。彼女を。沙希はその場に膝をつく。

(……智尋くん。約束、守れ……)

 ……違う。危険。危険危険危険危険危険。

 視えた未来。数秒先。そして急激に収束しぶり返していく異能の気配。目の前。

 あの消えゆく巨体はブラフ。本体が、こっちに来た。

 沙希たちの立つビルの屋上。その縁に、巨大な手が掛かってくる。そしてこちらをゆっくりと覗き込んだ、虚無広がる闇の顔。

 異物は。崩れ落ちたかと思わせて塵になり、風に乗って移動し身体をここで再構築したのだ。

 コアは、完璧に破壊した。塵も残したつもりはなかった。だが失敗した。見誤った。

 智尋の異能は、沙希の猛撃をも上回る修復を可能にしたのだ。

「……どうすれば、いいんじゃ。どうすればお前は、倒れてくれる……?」

 力のないえながの声が聞こえた。あたしたちでは、何も出来ないというのか。

 親友との約束を、守ることさえ出来ないというのか。

 巨人が腕を振りかぶる。沙希たちは何とか動こうとするが、間に合わない。絶望が、足を鈍らせた。速い。潰される。目を閉じかける。

 振りかぶられた腕。それを、別の腕が止めた。同じような真っ黒な腕が、反対方向から。二本、巨人の腕を掴んでがっちりとガードした。

「あっぶな……! サッキィ、ツックー、大丈夫⁉ 何なの、このデカブツ⁉」

 沙希たちを巨人から庇うように飛び降りて立ちはだかったその後ろ姿。丁寧に整えられた、ハーフツインの髪が揺らぐ。

「……あと、智尋、見なかった? どこにもいなくて。Mrs.は出せるから、傍にいるはずなのに」

 目の前の巨人から視線は逸らさず、桃色が尋ねてきた。

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