6話 扇子と手ぬぐい
芽生えた思い
寄席を出るとギラギラ眩しい陽射しが差し込んできた。
太陽がてっぺんで笑っている。私はまた神戸の寄席に来ている。といっても落語はもう終わっていた。朝席だったからだ。
朝の落語も良かった。寄席から出てもまだ明るいのがいい。笑いで一日が始まる感じがして心がぽんぽん弾む。体からやる気が湧いてくる。
――私も誰かを笑顔にしたいな。
自分には無理と分かっていても、気持ちを押さえこめない。心の中で葛藤していると、商店街を歩く一人の女性に目が留まる。首に巻いたスカーフがよく似合う人。休日の昼間から少し顔の赤い人。
彼女は私に気付くと、手を上げてよく通る声で呼ぶ。
「よう、冒険者さん」
落語家のお姉さんがいた。ぺこりと頭を下げる。
「あの、この間はありがとうございました」
「こちらこそ。独演会に来てくれてありがとうね」
お姉さんは私と寄席とを交互に見やる。
「ん、君ほんまに落語が好きなんやね。将来は落語家になんの?」
「いえ、私は人前で喋るなんて出来ないので」
「ふむ。でも君は人を笑わせたいんでしょう?」
その言葉はあまりにもストレートで見透かされたようで、正直に「はい」と答えてしまった。お姉さんは得意げな顔で頷く。人差し指を立てる。
「じゃあ一つネタを教えて進ぜよう」
「いや、それは」
内心は嬉しかった。でも私に喋れるはずがない。それに弟子でもない私に落語をなんて。そう断ると、お姉さんは口を尖らせて子供みたいに言う。「暇だから付き合ってよう」と。
「もちろん、タダで教えるつもりはないよ」
「お金ですか? でもそんな大金は……まさか身ぐるみ剥がされる?」
「剥がしてやろうか?」
「ご、ご勘弁を」
お姉さんはくつくつ笑う。それから口角をぐいっと上げた。
「ところで君さ、片付けって得意?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます