おじゃまします

「おじゃまします」


 人の家の匂いがする。ドキドキする。友達の家に行くなんて初めてだ。彼女の家が三宮さんのみやなのは、大阪の帰りで降りたから知っていた。でも一人暮らしなのは知らなかった。


 大学に入ってからだそうだけど、一人になるのが怖かった彼女にとって、どれだけ心細いのかはすぐに想像できる。私だって怖いと思う。


「好きなとこに座って。すぐ準備するからね」

「手伝うことある?」

「大丈夫。今日はウチが振る舞いたいの」

 

 一人でも大丈夫って示したいのかな。だったらお言葉に甘えよう。

テーブルの前に座って部屋を見渡す。レモン色の家具が多い。猫グッズも多い。カレンダーもスリッパも猫だ。写真で見たぬいぐるみもある。猫が好きなのかな。


 やっぱりまだまだ知らないことが多い。今日誘ってくれた理由も知らない。ただ友達だからと言うのもあると思う。部活動としても。でもやっぱりいつもと違う。じゃあ一体?――


 どたばた。ぼふんっ。がらがらどっかん。


 急いでキッチンに行くと粉まみれのきくりちゃんがいた。私を見ると溜息をついて「手伝ってください」と素直に言ったから腕をまくる。


「何を作ってたの?」

「むうう。ほんまは完成してから、お披露目したかったのに」


 粉の出所を追うと『明石焼あかしやき』の文字が見えた。私の好きなものを作ろうとしてくれたんだ。それでやっと分かった。今日は私を喜ばせようとしてくれてたことを。なぜかは分からないけど嬉しい。


「ねえきくりちゃん。一人で何でもできるのは凄いよ。でも助けてって言える方が私は強いと思う。だらか一緒に作ろうよ。ね?」


 うんと子供みたいに頷く。二人でキッチンに立った。


 おそらく彼女は普段料理をしない。シンクは綺麗すぎるし、冷蔵庫にも飲み物ぐらいしかない。なのに手料理を振る舞おうとしてくれてた。嬉しいから頑張りたくなる。それに私の地元の料理だ。本気になっちゃう。


「よしっ、できたっ」

「すごいすごい!」


 食卓の小さなテーブルにつやつやの明石焼が並ぶ。本当は木の板に並べるんだけどそこは割愛。木目調のプラスチック皿に並べる。上手くできたかな。今度は私がきくりちゃんの食べる所を見届ける。


 ぷるぷるの明石焼を黄金色のダシに浸す。たっぷり吸わせてから口に放り込む。そしてダシを啜る。落ちそうなほっぺに手を当て、幸せそうに声を漏らした。


「はあ~ほちゃほちゃ~」


 美味しそうで良かった。さっそく私も食べてみる。ほのかな甘みが口に広がって美味しい。たぶん一緒に作ったからだと思う。今までで一番美味しい明石焼だった。


 食べながら話も弾む。きくりちゃんは笑顔だった。だけど食べ終わる頃には、その笑顔もしぼんでくる。俯いて「やっぱりこれじゃあかんよ」と呟いた時だった。箸をかちゃんと投げる。


「ウチやっぱり……このままじゃイヤ!」


 ぐらっと体が揺れて浮いた。淡い花の香りがする。

 私は彼女に押し倒された。熱い涙が頬にぽたりと落ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る