8話 神戸スイートダイアリー

ふたりの休日

 夏休みが明けてから初めての週末。私はきくりちゃんに誘われて塩屋しおやに来ている。塩屋と言ってもソルトショップではない。神戸にある街の名前だ。そこは海と山がもっとも近い、坂の街。


 そんな塩屋にも落語会がある。


 塩屋heso.は古民家をリノベーションした雑貨屋。その二階に会場はあった。木造のあたたかい造り、立派なはりが通っている天井。二十人も入らない小さな秘密基地だ。


 開演前にふと横を見る。レモン色のシャツを肩にかけたオシャレな彼女は、両手のひらをパイプ椅子とスカートの間に入れてる。香箱座りをする猫みたいに見える。こちらに気付くと目を細めて笑った。


 ここに誘われたのは数日前のことだった。部室で二人きりになった時に彼女は、辺りをきょろきょろ見てから言った。顔を赤くして。


 ――「二人だけで出かけたいの」と。


 なんだか体がおかしい。ふわふわする。恥ずかしいから高座の方をぷいと見た。ところで落語というのは心の持ちようで変わるらしい。今日は想像がいつもよりほんわりしていた。


 しゃぼん玉のように景色が浮かんでは消えてゆく。


 ある二人の日常が浮かぶ。彼らは互いの癖を直そうとお金をかけあう。賭けごとなんてと思うかもしれない。でもこれは心を許しているからこそ出来ることなんだ。相手を知り尽くしてるからこそ。


 私はまだきくりちゃんの癖を知らない。それを知る必要はないのかもしれない。それでも彼女を知りたい。好きになりたい。仲良くなりたい。


 ――ふいにチョコレートの匂いが鼻先をかすめた。

  

 近くにお店があるらしい。芳醇なカカオの匂いがする。その甘い香りの中にひっそりと隠れるようにビターな香りがした。

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