やりとりミルクレープ

 借りたパジャマのサイズはピッタリだった。着替えたら二人で夜更かしをする。一緒にゲームをしたり、ドラマを見たり。二人の好きなものを夜通し語りあった。


 不思議な感じがした。高校の三年間、一度も話したことのない二人なのに、今は一緒の部屋で笑ってる。同じ布団に入っている。ミルフィーユみたいにぎゅっと一つになる。


 きくりちゃんは私の憧れだった。友達がたくさんいて可愛くて。でもそんな彼女も私に憧れていた。いつも一人でいる私をカッコよく思っていたらしい。


「もちろん可愛いって思ってたよ?」

「お世辞ありがとう」


 お世辞じゃないと私の顔をむにむにしてくる。私も彼女の顔をぷにぷにする。一緒にむにゃむにゃ笑う。私は一つ提案してみた。


「ねえ、お互いの癖を賭けてみいひん?」 


 私たちの癖はお返しをすること。お返しをしたら千円罰金。つまり昨日見た落語『二人癖ににんぐせ』と同じことをしてみるってこと。


「別にお金払うもん。それでもお返ししたいもん」

「それじゃ意味ないやん。もう」


 そんなに気を遣わなくてもいいのに。まあ、そういうとこも好きだけど。ついでにもう一つ提案してみる。ちょっと照れるけど、でも今言いたい。


「ねえ、これからは『ひめちゃん』って呼んでいい?」

「ひめちゃん」

  

 彼女は両手で顔を隠して新しいあだ名を反芻はんすうする。苗字が姫路だから、ひめちゃん。我ながら可愛いあだ名だと思う。気に入ってもらえるかな。相手の返事を待つ。 


「ならウチは『あかちゃん』って呼ぶね」

「それはちょっと。おぎゃるけどいい?」

「ええよ。いっぱい甘えさせたげる」


 髪を手でとかすように撫でられた。 

 

「おやすみ。ほたる」

「うん。おやすみ」


 ◇


 翌朝。彼女はすっかり笑顔になっていた。これで安心して帰れる。そうだ。その前に渡すものがあった。鞄から小さな包みを取り出す。


「プレゼント。ひめちゃんに似合うと思って」


 ぽかんとした顔で包みを開ける。彼女の手のひらには、私が古着屋で買った菊のイヤリングが光っていた。


 師匠から扇子と手ぬぐいを貰った時、凄く嬉しかった。それにお母さんのお守りも。誰かから貰ったものを持ってると、一人じゃないって思えるから。


「でも、お返ししたら罰金とちゃうの?」

「これはお返しとちゃうよ。お守り的なヤツやから」


 やれやれといったようにイヤリングを付ける。手鏡を見ながら、顔を傾けてにやにやする。気に入ってもらえたみたいで嬉しい。


「もう、これじゃ差し引きゼロにならへんよ」

「じゃあさ、一生かけてとんとんにしてみる?」


 うーんと考えてから彼女はかあっと赤くなった。ひめちゃんが何かを言う前にドアを開ける。朝の陽射しが差し込んで来て、彼女の耳のイヤリングをキラキラ照らした。


「また明日会おうね。ひめちゃん」

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