艶笑きもの指南

 体が熱い。肌に触れる空気がこそばゆい。

  

 小綺麗な畳部屋はそわそわするし、あちこちにあるミラーに私が映り込んで恥ずかしい。いやこんな状況誰だって恥ずかしいよ。だって下着一枚のすっぽんぽんだもの。しかも楽屋で二人っきりなんて。


「緊張してるね。ほぐしてあげる」

「え、お姉さんなにを……」


 いきなり後ろからぎゅっと抱きつかれた。吐息が耳にかかる。耳元でかわいいと囁かれ続けて真っ赤になる。つつーと、おへそ辺りをなぞられて声が出そうになるから、唇を噛んで必死にこらえた。


「声だし解禁しちゃおうよ」

「だめ、バレちゃう」

 

 だったらかわいい声を出させてあげる。そう言ってお姉さんの両手が私の身体へと伸びる。華奢な体躯を撫でるように両手が這う。その度にびくびくと体が反応してしまう。ついにはブラのホッグを外されて。


 なんでもするとは言った。でもまさかこんなえっちだなんて。

 ああだめ、私めちゃくちゃにされちゃう――


「君、妄想力たくましいね」

「ききき、聴こえてたんですか!?」


 円都さんは無言で頷く。恥ずかしくなって肩をすぼめた。


「ごめんなさい。こんなことされちゃうかもって」

「して欲しいの?」


 私の前に跪いて手を握られる。すらっとした首を傾げて微笑む。思わずドキッとしてしまった。浮気になるから首をぶんぶん振った。

 

「なんてね。ほら立って、着付けてあげるから」


 お茶子をするためにまずは着物へと着替える。肌襦袢はだじゅばんに長襦袢と薄いのから羽織って行く。紐を絡げたらいよいよ着物を羽織る。手際がよかった。てきぱきと無駄のない動きであっという間に着付けてくれる。


 鏡越しに映る円都さんの顔は真剣でかっこいい。


 ふとうららちゃんの言葉を思い出す。たった一人。そういえば『橘ノ』なんて他で聞いたことがない。上方には亭号がいつくかある。桂に月亭、笑福亭に林家、森乃に露の。それぞれの門下に落語家さんがいる。たった一人ということは師匠もいないってこと?


「はいできた!」


 帯をギュッと締めてぱんっ。姿見に映った自分を見て驚く。黒の着物を身に纏った私は、私じゃないみたいに綺麗だった。着物効果ってすごい。


「うん。かわいいね。じゃあ歩いてみてよ」

「はい」


 馴れない着物で一歩を踏み出す。お腹がキツくて動きにくい。右手と右足が一緒に動いたところで終わったと思った。何もないところでつまづいて体が浮いた。天井が見えた。せっかくの着物が崩れてしまう。そう思った時にはお姉さんの腕の中で。


「あ、ありがとうございます。あの、お姉さん?」


 円都さんは私を抱えたまま離そうとしない。それどころか顔が近づく。


「実はね、今日は君を口説き落とすつもりでおんの」

「いやあの、私には彼女がいて……」

「知ってる」

「だったら」


 円都さんは一度息を吸ってから、静寂を破った。


「ワタシの名前から一文字あげたいの。弟子になってよ」

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