聖地巡礼!

 初めて見る姫路城は本当に大きかった。想像以上に白くて、何段にも積み重ねたケーキみたい。石垣はローストしたココナッツをまぶしたように見えて、もうお腹が空いてきた。


 そんなお城に目もくれず、私たちはあるモノを覗き込んでいた。


「おー」

「これは」

「すごいっ」

「深いね」


 金網で蓋をされた井戸。穴はとても深い。こびりつくような暗闇が底まで広がっている。水底が一瞬きらめいた。


 きくりちゃんは思い出したように、ハッとして聞く。

 

「これってお菊さんの?」

「そう。そして落語『皿屋敷さらやしき』の舞台でもあるのです」

 

 うららさんは扇子で手を一つ打つ。

 声をひそめると、怪談『播州皿屋敷ばんしゅうさらやしき』の顛末を語り始めた。


 ある屋敷にメイドとして働く女がいた。名はお菊。これが大層美人であった。家主の男は彼女に一方的な好意を抱く。しかしお菊は心に決めた相手がいた。迫る男に拒む女。執拗な求愛はやがて歪な形へと姿を変える。


 男はある日、彼女の人生をたくなった。

  

 さて取りい出したるは家宝である十枚一組の皿。これをお菊に預け渡す。男はこっそり一枚抜き取り、彼女に詰め寄った。


 おまえ、あの皿を失くしたな。


 それからだ。鞭打ちに水責め。ありとあらゆる凄惨な仕打ちを浴びせられ、無実の罪で井戸に投げ入れられた。そうして彼女は死んだ。


 心臓の奥がキュッとなる。背中を何かがつーと――


「はうっ!?」


 振り向くとレモン色の目が笑ってた。


「ほたる、もしかして幽霊怖い?」

「こ、怖くないやい」


 怖くない。むしろ怖がれなかった。だってお菊さんは何も悪くないもの。あんなに酷いことをされたあげく、幽霊として怖がられるなんて。彼女の気持ちを考えたら、怖さよりも悲しさが込み上げてきた。


「二人とも安心して。落語は大丈夫よ」


 お餅みたいに柔らかい声だった。しずくさんはむにっと笑っていた。たった一言で本当に大丈夫な気がしてきた。哀しみも和らぐ。ワクワクもしてくる。


「大丈夫。きっと二人もここが聖地になるわ。さあ今から聴きに行きましょ。お菊さんのもう一つの物語を。逆転する落語を」

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