割れても末に

 私たちは喜楽館にいる。


 首を伸ばして階下を覗き込むと、白黒の頭がいっぱい見えた。とても賑やかだった。二人だけしかいない二階席と比べて。そこはまるで空間が切り離されたように静かだった。


 沈黙が流れる。とりあえず謝る。


「ごめん。無理やり連れてきて」

「別にええよ。嫌なら断るし」


 黄色い視線は前を向いたまま。開かない幕をじっと見て言った。


「……ねえ、ここでなら見れるかな。新しい景色」

「見れるよ。私が見せてあげる」

 

 振り向く。目が合う。そして褒めた。褒めまくった。


「きくりちゃんは偉い。誰とでもすぐ話せるの偉いっ。流行に乗れるの偉いっ。それが出来るきくりちゃんは凄いよ。むしろ生きてるだけで偉いよ。だからそのままでええんよ」


 そのまま。それは自分に対してでもあった。変わるんじゃなくて、自分を好きになる。そうすれば景色も変わるから。変わったから。


 彼女はぼうっとした顔で、子供が親に聞くみたいに言う。


「そのまま?」

「うん。キラキラ輝いてるそのままのあなたが好き」


 相手はぽかんとしてる。自分の言ったことに今さら気付いて、恥ずかしさが込み上げてきた。向こうも遅れて顔が赤くなった。みるみると。


「好きって言うのはその、笑ってる方がいいってことで」

「わ、分かってるし」


 彼女は目を伏せて指をくるくると遊ばせる。それからぽつぽつと話し始めた。高校の時からずっと話しかけたかったこと。私が名前を覚えてたのが嬉しかったこと。


 私はちょっと申しわけなく返した。さっき思い出したことを。


「じゃあ忘れてたってこと?」

「だって前より綺麗になってたもん」

「……それ口説いてる?」

「……口説いて欲しい?」


 また目が合う。真顔になる。二人で笑う。


 彼女はぴかぴかと笑ってた。切れかけの電球がまた明るく灯るように。やっぱり人は笑ってる方がいい。みんな幸せになれるから。幸せが連鎖するから。その時、ほんの少しだけ未来が見えた気がした。


「ねえ、ウチも入ってええかな。ウワサの褒めまくり部」

「落語エンジョイ部ね」

「えんじょい? 楽しむの?」


「そう。ただ落語を見て・聴いて・楽しんで笑うだけ。そんな落語好きが集まる部活動、落エンへようこそ!」


 そう言い終わると同時に、幕が開いた。

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