4話 四人の夏休み

夏休みとこれから

「というわけで部員になりました。姫路きくりです」


 笑顔でぺこりと挨拶する。六畳の部室がぱっと明るくなった気がした。挨拶も早々に彼女は興味津々で部屋を見回す。大きな丸い目をめいっぱい動かしている。


「ほたるちゃんとは高校の同級生なんやってね」


 しずくさんがそう聞くと、遊ばせていた目を止めて姿勢を正す。


「そうなんです。彼女が変われた部活なら、ウチも自分が好きになれるかもって。それで入部を決めました」


 それから彼女は自分の心を打ち明けた。トレンドに流される自分が嫌いということ。その枠から外れると、置いて行かれるようで怖さを感じること。そんな感情を私が肯定したことを。


 うららさんがいつもより穏やかな声で聞く。


「自分、好きになれそう?」

「ちょっとずつ。でもその前に落語が好きになっちゃいました」

 

 瞳孔が大きく開く。くりっとした目を輝かせて落語を語る。


「ていうか崇徳院ってめっちゃエモいっすね! アナログな恋愛がいいってゆうか。今にない感じが逆によくて」

「ほう。そういう視点もあったか。もっと聞かしてっ」


 思わず前のめりになると、部屋の温度が二度ぐらい上がった気がした。ヒートアップしないようにしずくさんが扇子で仰いであげる。


「落語ファンが増えて嬉しいわ。部屋も狭くなって嬉しい」

「狭くて嬉しい?」

 

 私ときくりちゃんは同じタイミングで首を傾げる。

 しずくさんは青い扇子をぱちりと閉じる。


「狭いと幸せが詰まってる気がするもん。寄せ鍋みたいな感じで。もちろん、すっきりした部屋もええけどね」


 改めて部室を見る。落語に関するものが多い。ふと疑問が浮かんだ。


「これ全部、うららさんたちが?」

「いいや。うちの顧問が部員にって」


 顧問といえばうちの学長。とてもフレンドリーで親しみのあるおばあちゃん。生徒にはいつも声をかけていて、私も何度か話したことがあった。


 今さらだけど、どうしていきなり廃部なんて言われたのだろう。そもそも勧誘チラシを捨てた人は何処へ。そういえば屋上の近くに学長室が……いや。これは想像で終わらせておこう。


「ところで、夏休みは部活どうするんですか?」


 うららさんはリュックをひょいと軽く肩にかけると、こう言った。四人で旅行に行こうと。もちろん落語を聴ける場所に。そして最後にこう付け加えた。


「きくりん、地元ってどこ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る