夕暮れの二人

 私は彼女の真ん前に座った。考えるよりも前に動いていた。自分でも驚いている。向こうも驚いていた。鳩が豆鉄砲を喰らった顔をしてた。見たことないけど。


 座ったけれど話すことがない。


 彼女は目を逸らしたまま、グラスのレモンティーをストローで吸っている。相席は許可されたみたいだった。


 そうだ。褒めてみよう。


 そのために観察をしてみる。眩しいほど明るい、黄色のハイウェストスカート。爽やかな白のノースリーブ。片側だけ垂れた長い前髪。頭に乗っけたサングラス。ムスッとした顔に、猫みたいにくりっとした目。


 ――レモン色の目。


「……もしかして姫路ひめじさん?」

「そ、そうやけど」


 思い出した。高校の同級生の姫路さんだ。


 いつもたくさんの友達がいて、クラスの人気者だった。話したことは一度もないけど、目だけは何度か合ってた。あの時よりもっと綺麗になってたから気付かなかった。

 

「同じ大学やったんやね」

「う、うん」


 そうだ。褒めないと。


「大学でもあんなに人と仲良くなれて、やっぱり凄いね」

「……別に友達とちゃうし。ああやってグループにおらなあかんの」


 氷をストローで突つく。目を逸らして顔を赤らめた。


「それにその、凄いのはあんたの方やし」

「私?」


「高校ん時からずっと一人やったでしょ。それって心が強くないとムリ。ウチには絶対ムリ。大きな輪の中にいて、流行りに乗らんと置いていかれるから。だから――」

 

 彼女の目の奥に一瞬、黒い影が見えた。

 気付いたら動いてた。冷たい手を両手で握りしめていた。


 彼女を笑顔にしたい。


 今はただそれだけだった。この手を離すと私はきっと後悔する。だから、ありったけの勇気を振り絞って言った。私の全部をかけて言った。


「今から私とに行こっ。きくりちゃんっ」

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