算段のうらら

 あれから数日後。いよいよ作戦を実行に移す時が来た。

 瀬をはやみ大作戦。それは落語好きを炙り出す作戦である。


「ほんまに大丈夫かな」


 私は食堂の隅の席にいる。中央の大テーブルにいる二人を見守っている。二人の前には、うどんが一つだけあった。


 うららさんはメガネを曇らせ、ずるずると音を立てて食べる。そこですかさず、しずくさんが袖を引っ張る。物欲しそうな顔で引っ張る。


「ねえ、ちょうだいよ」

「引っ張りなって!」


 つまりこれは『時うどん』のワンシーンなのである。このやり取りに反応する人がいれば、落語好きに違いない。そう言われたので、私はその人を探している。正直不安である。

 

 とその時、数人が二人の方に向かった。


「まさか、作戦成功――」 


 どっさり。テーブルはおかずで山盛りになった。皆が同情してご飯をわけてくれたみたい。プランAは貧乏学生に間違えられて終わった。


 ◇


「うららちゃん、こんなんで大丈夫なん?」

「次はいけるはず。今度はプランB『うしほめ』よ!」


 落語に牛ほめと言うのがある。褒めまくる落語らしい。それと同じように相手の服装を褒める。牛ほめを知っていたら反応があるはず。それがプランB。


 校舎をうろちょろしていると、向こうから全身真っ黒な子が歩いて来た。そのゴスロリガールを褒めるため、うららさんは気さくに話しかける。


「実はあたしら、服を褒める練習をしとるんよ」

「へえ面白そう。一つ褒めてくださいな」


 一歩下る。頭からつま先までをすーっと見て言った。


天睫魔眼一黒天頭愛廃違てんまつまがんいっこくてんとうあいはいちごう」

「へ?」


 堕天使はぽかんと口を開けてる。もちろん私も。


「つまり。睫毛が天を向いていて、アイラインは悪魔チック。服は一面に黒くて、天に架かるような頭飾り。可愛さと退廃的な美しさが、互い違いで織り交ぜられてる。という褒め言葉です」

 

 黒尽くめの悪魔は目をぱちくりさせ、天使のように笑った。


「そんな褒め方されたん初めて! ねえそれ教えてよ。他の子も褒めたいから!」

 

 勧誘チラシの裏に褒め言葉を書いて渡す。

 彼女がくるっと振り向いたら、服が破けて穴が開いていた。咄嗟にチラシをぺたりと貼る。穴を隠してくれたお礼にと広告塔になってくれた。


 その後が大変だった。あの三人に会えば褒めてもらえる。その噂が広まっててんてこまい。気付いたら褒め屋さんになってた。だけど結局収穫はゼロ。こっちが疲れて相手が喜ぶだけだった。気分は良かったけど。

 

 とにもかくにも作戦はまた明日となった。


 ◇


 日も暮れようかという時刻。二人と別れてカフェへ行くと、がらがらのテーブルに一人だけ先客がいた。ぽつんと一人だけ。今日は海を睨んでる。頭のサングラスが太陽を反射してる。

 

 あのキラキラグループの豆電球がいた。

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