来たぞ繁昌亭!
夜の
建物をぐるりと囲うように提灯が並んでいて、ほんわりと暖かいクリーム色の明かりが灯っている。足元の石畳を柔らかく照らしている。初めて来たのに帰ってきたって感じがした。
「ねえ、ハイタッチしたい」
思わず心の声が漏れてしまった。でもみんな同じ気持ちだったらしい。迷惑にならないように、小さくぺちぺちと手を合わせる。山にでも登頂したような気分だった。
「ごめん、つい嬉しくて」
「分かるよ、ここまで来たって感じするもん!」
ただ目的地に着いただけなんだけど嬉しかった。私たちだけでここまでこれたことが嬉しい。さっきの話を聞いたおかげもあって、寄席がより特別に感じる。今から落語を聴けることがいつにも増して嬉しい。
私たちは幸せを噛みしめて、寄席へと足を踏み入れた。
チケットと睨めっこして席へ。中央の列、前から五番目。高座の真正面に四人で座る。ふかふかの座席にすっぽりと体が包まれる。そのまま天を仰いだ瞬間、「うわ」と声が一斉に出た。
まるっこい提灯がずらっと。天井にぎっしり吊るされている。
「なんか暖かいね」
と、しずくちゃんの何気ない言葉に頷く。うららちゃんは見上げたまま、一つ一つの提灯を見て言った。
「愛が詰まってるもん」
愛の意味が落語に対するものだというのは分かる。でもそれだけじゃないのよと、うららちゃんは言った。
「ここってね、落語ファンの寄付で建てられたの。落語家と落語ファン、落語を好きな気持ちが一つに繋がってここがある。だからね、ここには愛しかないんよ」
そんなエモいことをさらっと言うから、隣でまた「ぐえぐえ」と呻き声が聞こえる。あらあらと柔らかい笑みを浮かべて、しずくちゃんはティッシュを渡す。
「今日のチケットは、ほたるちゃんが取ってくれたん?」
「うん。これが聴きたくて」
チラシを取り出して眺める。落語会は事前に演目が分かる場合と、そうでない場合がある。今日はもうネタが分かっていた。落語の名前に惹かれてチケットを選んだ。
「二人は聴いたことある?」
「ないない。だって滅多に聴かれへんもん、そのネタは!」
うららちゃんは興奮した様子でチラシの文字を指さす。この落語は一度滅びていて、米朝さんが復活させたらしい。上方にとって大事なネタで、復活の象徴でもあるという。
話しているうちに太鼓の音が変わった。二番太鼓がどすんとお腹に響く。いよいよだ。旅の終わりで『地獄』への旅が始まる。
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