上方地獄巡り!
息を深く吸い込み、集中力を高める。頭をからっぽにして脳のキャパを拡張する。意識をすべて高座に向ける。目の前の景色を変えるために。私色に染めるために。
――さあ行こう。『
目を開くとそこには死者の世界があった。
空は夕焼けみたいに真っ赤で、賽の河原にごろごろ転がる石を赤く照らしてる。ざぶざぶ流れるのは三途の川。ワインをぶちまけたような、パープルレッドの水面が揺らめている。
向こう岸へと渡るため、ずらっと並ぶは亡者の長蛇。
誰も彼もが楽しそうで、がやがやどやどや言葉が飛び交う。衣服を奪う
世界が途端に明るくなる。ちんとんしゃんとん音が鳴る。
キャストのガイコツ手を振って、客を手早く詰め込めば、さあ船旅の始まりだ。その道中の陽気なこと!
鬼の船頭両腕で、ぐわんと漕ぎ出すその前に、注意喚起によく通る声でひとこと言い放つ。三途の川にハマるなよ。ハマれば逆に生きるぞと。言うなりがこんと一つ揺れ、じゃぶじゃぶしぶきを上げたれば、川に尾を引き走り出す。舟がずばっとワインを割った。
ひょいと降りたら地獄の通り。
ぐるっと円を中心に六本の道がずうっと伸びる。瓦屋根のあるシャンゼリゼ。六道の辻にやってきた。鬼に幽霊ガイコツと、みな服を着てシャレ込んで。街をがしゃがしゃ闊歩する。もう毎日がハロウィンかナイトパレードときたもんだ。
メインストリートに喫茶店。冥途喫茶は大繁盛。服を買うのはシニクロで。バッグ買うならヘルメスで。42DX映画館。銃は飛ぶし、剣も飛ぶ。おまけに槍も降ってくる。当たったところでご安心。死んでるんだから大丈夫。
もちろんここにも寄席はある。
六道寄席に地獄寄席。中に入ればひっきりなし。年がら年中大笑い。鬼火のライトに照らされて、前座でいきなり四天王。待ってましたの掛け声と、笑いが飛び交う晴れ舞台。
彼らの弟子にその師匠。そのまた師匠が次々出ては、お客をどかどか笑わせる。元気がもりもり湧いてくる。心がぽかぽか熱くなる。
彼らはここで生きている。落語の世界で生きている。
ここにあるのは楽しいだけで、涙なんかはちょっともない。溢れるほどの楽しさで、地獄だって楽しんじゃう。そんな落語に私はハマった。
――ハマったから今、生きているんだ。
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