レトロエモーション

 明治・大正・昭和エリアはコンパクトなエリアだった。


 再現された街並みはないけれど、ジオラマ模型がたくさんある。きくりちゃんが声をあげて喜んだのはレトロ家電。昭和の家電はフォルムが可愛いくて、くすんだ色使いがいいらしい。


「こういうの好きなん?」

「レトロブームやからね。今は平成レトロやけど」

「平成がレトロ?」

「そうよ。Y2Kファッションって言うの。未来のY3Kもあってね」


 ――要するにエモいらしい。


「落語にもあるよ。エモい話」

「え、教えて教えて!」


 きくりちゃんが前のめりで聞く。ガラスケースに収められた昭和の街並みを見ながら、うららちゃんは軽い口調で言った。

 

「昭和二十年頃かな。上方落語は死にかけてたらしいよ」

「死にかけてた?」


 思わず口を挟んでしまった。うららちゃんは頷くと後を続ける。


「戦火で寄席は全滅、名人たちも息絶えて、落語家もほとんどおらへん。おまけに『上方落語は滅びた』と報じられ、絶体絶命の大ピンチ」

「どうなったの?」


 にやりと笑って扇子を広げる。


「さあそこで立ち上がった四人の落語家。米朝べいちょう文枝ぶんし春団治はるだんじ松鶴しょかく。上方落語四天王! 彼らを中心にして復活劇が始まるわけ」


 今度は扇子をずずいと前に突き出す。


「それからは東奔西走とうほんせいそう八面六臂はちめんろっぴの大活躍! 芸を磨き、後進を育て、お客さんを笑わせ続けた。けれどね、寄席までは取り戻せへんかったんよ」


 幕を降ろすように、ゆっくりと扇子を閉じる。


「――今ある寄席は思いの結晶なんよ。託された思いを今へと繋いだね」


 きくりちゃんがエモーショナルを感じて「えぐえぐ」と嗚咽おえつを漏らしてる。しずくちゃんがハンカチを貸してあげたら、それで鼻をかんだ。


 だから私はテッシュを差し出して言った。


「笑いに行こう。その思いを今に繫げた場所に。繁昌亭はんじょうていに」

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