落語タイムトラベル!

 街に降り立つと空気がいっぺんに変わる。


 どしっと構える木造の門。その向こうには、二百年前の世界が奥へずうっと広がっている。まるで異世界に迷い込んだようだった。不思議な感覚でふわふわする。


 鼠色の瓦屋根、白漆喰の壁、暖簾はためく大通り。


 古式ゆかしい街を四人で歩く。ぺたぺた歩く。初めての草履は歩きにくかった。浴衣もなんだかそわそわする。


 ここには浴衣のレンタルサービスがあり、千円で三十分だけ借りれる。正直ちょっと高いけど、面白そうなので着てみた。着てみたけれど……。


「ほたるちゃん、顔が赤いよ。熱でもあるの?」


 白くて冷たい手がぴたり。おでこにあたる。しずくちゃんの浴衣姿がぱっと目に入る。藍色の浴衣に金魚が泳いでいて涼しげだ。


「ちょっと恥ずかしくて」


 だって見てよほら。うららちゃんの浅葱色の爽やかな浴衣を。粋でカッコいいんだ。きくりちゃんは格子模様の入ったイエローの浴衣で、オシャレに着こなしている。

 

 私は無地の朱の浴衣を選んだ。でも鏡で見ると座敷童か七五三だった。まあ子供っぽいのも自分らしいのかな。


「可愛いね。りんご飴みたいで」

「りんご飴。いいかも」


 私たちはお祭り気分で辺りをぐるりと見て回る。薬屋に呉服屋など、通りには商店が軒を連ねる。店構えこそ古風だけれど、売っているものは今と変わらない。過去と現代の距離が近くなったようで嬉しくなる。


 奥へ行くと路地があり、そこを抜けると長屋ながやがあった。当時の家だ。


 部室よりも狭い四畳半。ここに昔の人は住んでいた。置いてあるのは、ほんのちょっとの家具だけ。トイレや洗い場は共同。落語でもよく長屋は登場する。こんなに狭いとは思わなかったけど。


「ねえ、うららちゃん。落語っていつからあるん?」

「ふっふっふっ。それはね、なんと四百年前からあるのだっ!」


 私の疑問に対してうららちゃんは、待ってましたと言わんばかりの速度で答えてくれた。丸いメガネがピカっと光る。


「そんな昔から?」

「そうなのだよ。なのにっ! 今聴いても面白いっ! すごいっ!」


 ヒートアップするうららちゃんの耳たぶを、しずくちゃんの白い手がつまむ。少しだけ喋る速度が遅くなった。熱暴走は避けられたみたい。


「落語には暮らしの知恵が詰まってるんよ」


 二人曰く、落語には日々の暮らしが描かれていると言う。


 食べて寝る。遊んで笑う。旅をする。根っこの部分は同じで、今の暮らしと変わらない。確かに今までの落語もそうだったと、きくりちゃんと二人で頷いた。


 落語には変わらない日常が描かれている。ここに来てそれを実感する。なんだか過去と繋がれたような気がして、また落語が好きになった。


「そろそろ時間みたいやね」

 

 時計を見るともう三十分経っている。短いお祭りが終わるようで、浴衣を脱ぐのはちょっぴり寂しかった。


「あっちにアトラクションもあるみたい。しかも待ち時間ゼロ!」

 

 うららちゃんが少年みたいにはしゃぐから、寂しさが逃げ出す。 


 暖簾を見ると「ゆ」と書いてある。当時のお風呂屋さんらしい。靴を脱いで脱衣所に入ると椅子が並べてあった。お風呂場の方にスクリーンがある。


 アトラクションは施設のガイド映像だった。


 よくあるタイプだけれど、私たちだけは興奮している。だって落語家さんが案内してくれるんだもの。しかも人間国宝の息子さんだ。それだけでもうグッとくるのに、とどめを刺された。


 亡き父、今を生きる子。最後に二人の声が重なったのだ。


 同じセリフを重ねてきた。よく分からない感情が込み上げてくる。ずずっと鼻を啜る音が四つした。うららちゃんのが一番煩かった。


 街に戻ると瓦屋根がオレンジ色に染まってる。どうやら照明で一日を表現しているらしい。上澄みのように紺色のグラデがかかる。


 私たちは夜が明けるまで街を堪能し、朝日が昇りだす頃に下のフロアへと降りた。未来へと進む。『明治・大正・昭和』へと。

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