大阪異世界トンネル

 地下迷宮を脱出した私たちは、電車を乗り換えて最初の目的地へと向かった。やっとの思いで辿り着いたのは天神橋てんじんばしにあるビル。厚みのあるワッフルみたいなビルだ。


「大阪には落語のUSJがあってね、別の世界へ行ける場所があるの。それがここ。そしてこれがその片道切符」


 ゆっくりと宝箱を開けるように握った手を広げる。私の手には銀ピカの硬貨が三枚、雲一つない青空が映りこんでいる。


 みんなのワクワクした顔も。


 建物に入る。暗い廊下が奥へすっと伸びていた。壁には大パノラマのガラス窓。そこから光が溢れており、暗闇を柔らかく照らしている。私たちは息をのんで窓を覗き込んだ。


「うわっ!」

「これは!」

「ほんまにっ!」

「ユニバやね!」


 ――そう、そこには落語の世界があった。


 江戸の街並みが眼下に広がっている。瓦屋根の建物がみちっと敷き詰められている。近代的な建物の中に、街を丸ごと再現したエリアがあった。


 私の想像した景色がある。ここ『大阪くらしの今昔館こんじゃくかん』には。しかもこの街は実際に歩けるらしい。つまり落語の世界に行けるのだ。最高すぎひん? 


 私が喜んでどうする。楽しませないと。


「おほん。耳を澄ませてくださいませ」

「……あっ」


 たった一音ですべて分かったらしい。鼻息で丸メガネが曇る。興奮した様子で天を指さし「べ、べ、べ」と連呼している。指の先には指向性のスピーカー。そこからは品のある柔らかい声のガイドが流れている。


「人間国宝の声や。米朝べいちょうさんの声や」


 二人ともぽかんとしてた。それからすぐ笑顔になった。きくりちゃんが「作戦成功やね」と耳元で囁くから、こくりと小さく頷いた。


 二人が大阪へ行ったことがないのは、きくりちゃんがそれとなく聞いてくれていた。米朝ばなしを愛読してるのも普段から観察して知っている。だったらここしかないと思った。


「美術館に行った時も、寄席に行った時も。いつだってワクワクをくれたから、そのお返しがしたくて。でも一つだけ謝らしてください」


「謝る?」

「とにかくごめん!」


 もう我慢できなかった。三人の背中をぐいっと押して前へ進む。みんなで一緒に異世界のトンネルを抜けた。


「ごめん、私が一番ワクワクしてるの!」

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