梅田地下ダンジョン

「やべえ。迷った」


 大阪の地下街は迷宮。そんな噂を聞いていた。だけどここまでとは思わなかった。あちこちに伸びる道。人でごった返して先が見えない。今、自分がどこにいるのか分からない。


 甘かった。乗り換えがこんなに難しいとは。


 阪神の梅田駅で降りてから、東梅田駅を目指して歩いていた。案内板を見れば大丈夫だと思っていたが、人の波に飲まれて進まざるおえない。立ち止まる余裕がない。


 そうして気付いたら知らない場所にいた。しかもはぐれた。


 少し開けた場所で立ち止まって携帯を確認する。うららさんときくりちゃんは一緒にいるようで安心した。四人それぞれバラけたら二度と会えそうにない。


「ごめん。迷っちゃって」

「いや、わたしも絶対迷う自信あるわ。だから一緒に攻略しよ」


 というわけで私としずくさんは二人パーティになった。まずはとにかく道を聞いてみよう。一人のおじさんに声をかけると簡潔に教えてくれた。


「それな、がっと行って、ぐっと曲がって、すっと行ったら着くわ」


 ――いや分からん。


「分かりました。ありがとうございます」


 まいったぞ。関西の案内はみんな大体こうだった。下手に動けばもっと迷子になりそうだし。このダンジョンは手ごわい。どっかの迷宮五層よりもキツイ。どうすれば……。


「ほたるちゃん、口あーんして」

「へあ」


 ぽんと丸いものが放りこまれた。ミルクの味が口いっぱいに広がる。飴ちゃんがころころ転がって、糖分が脳に沁み渡った。目がぱっちり開く。


「元気でた?」

「はふ」


 ニコっと笑いかけてくれる。いつもそうだ。しずくさんは、いつだって優しくて背中をそっと押してくれる。不安を一つも見せない。なのに私は――ぶるっと振動が伝わってハッとした。携帯が震えている。


「こっちはなんとか到着したよ。二人で電話しながらガイドするから!」

「ありがとう、お願い」


 電話を耳にあてたまま考える。私にだってできることはあるはずだと。しくずさんを見る。ぱっと手を伸ばし、柔らかくて細い手をしっかり握りしめた。彼女の微かな震えが止まった。


「ほたるちゃん?」

「初めて落語を見に行った時、不安な時にいつも手を握ってくれたから、だから今度は私の番」


 ちょっと照れくさいけど、真っ直ぐ見つめて言う。


「絶対離さへんからね。しずくちゃん」

「ほたるちゃん――ふふ、迷って良かったわ」


 みんなで笑って楽しんで今日を終える。落語エンジョイ部は笑ってないと。楽しまないと。そう誓って私たちは迷宮を進んだ。

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