初めての寄席
「――これが寄席」
そこはとてもシンプルな空間だった。商店街のごちゃごちゃ感から一転。無駄なものを全て削ぎ落した、すっきりした木箱が目の前にある。
傾斜のかかった床は赤絨毯。その上に神戸ブルーの椅子が並ぶ。一階と二階を合わせて全部で二百席ちょっとらしい。座席は六割ほど埋まっていた。会場は大きすぎず、小さすぎず。ちょうどいい狭さに何だかほっとする。
「自由席やからさ、あそこにしよっか」
細い指がさしたのは前から四列目。その隅っこ。そこはちょうど三席だけしかなく、私たちの特等席だった。
クッションのある柔らかそうな椅子に腰かける。ふかふかの青い玉座に体がすっぽり包まれる。肩の力がゆっくり抜けてゆく。お風呂にでも入ってるきぶん。
高く広い天井を見上げたら、思わず「はふう」と息が漏れた。三人でハモった。笑い声も。
「二人はいつもここに?」
「最近はね。でもここ、ちょっと前にはなかったんよ」
うららさんは正面の舞台を見た。まだ降りたままの緞帳を見つめる。ビー玉みたいな翠色の目で。日に焼けた横顔は私よりずっと大人びて見えた。
「ホンマにここが出来て良かったよ。笑いたい時に笑える、そういう場所って必要やからさ。……まあ、入場料はいるんやけどね!」
と白い歯を見せてニカっと笑う。八重歯が輝いてた。
「ていうかさ、しずちゃん寝てない?」
「ぐうぐうと」
「なら、鼻ちょうちん割ったげて」
透明な泡がぷちんと弾けた。それと同時に幕が上がる。
どんどんどんと、鼓動より早い音が寄席に鳴り響く。お腹の底まで響き渡る。鳴らないように携帯は切った。うららさんがメガネを上げて呟いた。今日は新しい景色が見れるって。
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