声を聞いてみよう!

 落語のイメージを変える。そのために私たちは校内を歩くことにした。『落語のことなんでも答えます』と書かれた小さな手旗を掲げて。バスガイドのように。


「そこに書いてあることほんと?」

「はい、なんでも答えますよ」


 質問してきた女子生徒に手持ち旗を見せる。すみっこに小さく書かれた文字を指さす。


「もちろんここに書いてある通り、お菓子も差し上げますっ!」


 イメージは変えたい。だけど興味のない人に趣味を押し付けたくない。だったら興味を持ってもらえばいい。お菓子を使って。うららちゃんに肘で突かれる。


「ほたるんもなかなか策士やね」

「だって余ってるし、もったいないやん」


「あのー質問いい? そもそも落語ってどこで聴けるの?」 


 みんなで答える。神戸の寄席に美術館など。人が一人座れたらどこでもできると伝えると、女子生徒は目を丸くして感嘆の声を漏らした。そしてリーフメモリーを持って行かれた。


 仲間の増えない桃太郎みたいだ。


 このきびだんご作戦は意外にも上手く行った。褒め部がまた面白いことをやってるぞと噂になる。お菓子を求めて人が集まってきたから、場所を大学の噴水公園に移す。


 ギターを担いだ軽音楽部の子が聞いてくる。

「音楽の落語ってある?」


 創作なら歌うネタもある。途中でギターを弾くこともある。なんなら、ローリーさんが高座に上がったこともあるんだぜと、うららちゃんがメガネを光らせた。軽音部ちゃんは興奮してギターをきゅんきゅん鳴らす。


 今度はスマホを持ったギャルが聞いてくる。

「あーしは二次元にしか興味ないんやけどー」


 二次元に恋する落語なら『宇治うじ柴舟しばふね』がある。イラストの女の子が飛び出してくるネタも。どっちも古典落語なのよと、しずくちゃんはにんまりしながら言う。詳しく教えてとギャルちゃんが身を乗り出す。


 オシャレなイマドキ女子はこんなことを聞く。

「そもそも時代が古すぎてイメージできないわ」


 落語は日常を描いてるから意外とすんなり理解できる。それに今は現代が舞台の女子会ネタもあるんよと、ひめちゃんは鼻高々に説明した。落語ブームだと嘘もついた。まあいつかは本当になるでしょう。


 さあさあ、お菓子の匂いを嗅ぎつけて次々人がやってくる。


 美術部には絵を描くネタがあることを教える。料理研究部には食べものネタ。オカルト部にはかわいい幽霊ネタを。堤防部には骨を釣るネタを。キャンプサークルには旅ネタを教える。


「猫好きなんですけど、なんかあります?」

「猫はいっぱいあるよ。『ねこさら』とか『元猫もとねこ』とか。繁昌亭では猫の日落語会もあってね。猫ちゃんのスライドショーもあるみたい」


 私が答えていると、ひめちゃんに肩を叩かれた。

 

「そんなんいつ行ったん? まさか浮気……」

「ちゃうよ。ひめちゃんと一緒に行きたいから調べてたの」


 二人で照れる。自然と手を繋ぐ。


「えっと、落語はデートにもオススメです」


 それからも質問は矢のように飛んでくる。値段はいくらと聞かれたら、大体二千円で大学生なら昼は割引があると答える。時間を聞かれたら二時間ぐらいで休憩は十分あると伝えた。ただし女子トイレは混みがちとも。


 寄席の雰囲気を聞かれたら私が答える。ふかふかの玉座みたいな椅子があること。すごく落ち着けてワクワクできる場所だと。


 お菓子を受け取ってもまだ話を聞いてくれる子もいた。どんな情報が欲しいか逆に質問もしてみた。気付けばお菓子パーティの規模はどんどん膨れ上がって行った。

 

 会話も弾んできたところで日が暮れる。今日で少しでもイメージが変わってくれたことを祈って、撤収作業にかかった。

 

「あれ、もう終わり?」 

「ごめん、もうお菓子ないの」


 顔を上げると黒いフリルが揺れていた。ゴスロリちゃんがいた。


「質問じゃないよ。これ作ってみたらどう? みんな読みたいと思うよ」


 私たちは一枚の紙を受け取る。四人で顔を見合わせる。

 

「フリーペーパー。これなら作れるかも。でもなんで?」

「こないだ二人をからかったお詫び。それに頑張ってるの見てたら応援したくなるでしょ?」


 嬉しくて泣きそうになって堪える。頑張って笑顔で答える。


「ありがとう! D.I.Yしてみるね!」

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