まっしろな設計図

 六畳の畳部屋はカラフルな缶や箱で埋め尽くされた。各々が持ち寄ったスイーツを囲んで作戦会議を始める。お菓子パーティもついでにやる。


 うららちゃんはナダシンのおはぎを口に放り込むと、畳を蹴って立ち上がった。ボードをバシッと叩く。


「問題はね、きっかけがなさすぎるんよ」


 同年代が落語に行かないのには理由がある。

 行動心理学を学ぶ、うらら部長の解説が始まった。


 上方かみがた落語の現状を把握するために、まずは江戸の制度を知る必要がある。そう言ってうららちゃんは、ホワイトボードに大きな逆三角形を描いた。下から順番に指さして行く。


「江戸には『前座』『二つ目』『真打』と階級があって、年数や試験によってランクアップして行く。この制度の利点は二つ」


 ピラミッドの頂点をぐるっと丸で囲む。


「真打になったら大々的に宣伝ができる。一人前になったとPRできる。そしてそれは実力の証明にもなる。だから東京の落語初心者は、真打を見に行けばハズれへんの」


 みんなが頷いたところで今度は大きな丸を描く。

 中には落語家とだけ書いてある。


「一方で上方にはこの制度がない。ただの落語家というだけ。つまり実力が分からへんの。面白いかどうかはお客さんの賭けになる」


 しずくちゃんは首を傾げて手を上げる。ゴーフルを持ちながら。


「師匠クラスならハズれへんのとちゃうの?」

「その通り。でもそれこそが問題なんよ」


 問題の意図が私にもようやく分かってきた。


「上方落語の初心者は誰を見ればいいか分からない。お金と時間を使うからには損したくないし、笑いたい。すると必然的に名前を知っている有名人になる。つまり、限りなく『おじいさん』一択に絞られるってこと?」


 うららちゃんは正解と言うように頷く。


「江戸の真打は基本的に十二年ほどでなれる。つまり二十歳で入門しても三十代。もちろんベテランの噺家さんを見に行ってもいい。とにかく江戸は入口が広いの」


 ひめちゃんがR.Lえーるえるのワッフルを食べる手を止める。


「じゃあさ、上方のイケてる若手落語家さんを紹介したらどう? こっちにも上手い人はいっぱいおるし。テレビとかはやってへんの?」


 畳にどかっとあぐらをかいて、うららちゃんは溜息をついた。


「ぜんぜんまったく。そもそもニュースになる時は決まって二つ。優勝か訃報ふほう。確率的に訃報が多いし、その時はもう手遅れやし。仮に優勝しても話題性がないと取り扱わへんの。メディアは」


「じゃあやっぱり、ウチらで紹介しようよ!」

「ダメ。この落語家を見に行けーなんて言いたくないよ。ファンとして」


 同年代にとって寄席に行くきっかけがない。それは落語が未知のベールに包まれてるからだ。だったらそんなもの剥がしてやればいい。リーフメモリーを口いっぱいに頬張って元気を出す。チョコを食べて力を沸き立たせる。立ち上がる。


「だったら落語のイメージを変えてみようよ。まずはこの大学で」

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