心の叫び

「どう、決心はついた?」

「はい。弟子入りはお断りします」


 終演後の楽屋で私は頭を下げた。ジャケットに腕を通す手が止まった。


「私は落語家さんを支えたい。心がそう答えたんです」


 自分でも仕事にできないのは分かってた。でもどこかで微かな望みがあった。邪念があった。それをお姉さんが殺してくれた。おそらく初めから分かっていたのだろう。だからこそ私にお茶子やらせてくれた。裏側を見せてくれたんだ。


「そう。よく本当の答えを出せたね」


 なんて頭を撫でてくれる。相変わらずお姉さんは完璧な人だ。自分より他人のことばかり考えている。だけど完璧な人間なんていないんだ。誰だって悩んでいる。心に影を落とすことがある。


 円都さんは狂気を孕んでいる。普段はひょうきんで底抜けに明るい。その明るさがふと消える瞬間がある。狂気が勝ちかける時がある。昔の私と同じ目をする時がある。


 だから手を差し伸べる。


「私が円都さんの心を支えてみせます」


 お姉さんは黙ったまま立ち尽くす。拳を丸めて腰に手を当てる。珍しくムスッとした顔で睨まれる。ほっぺを膨らませてそっぽを向いた。


「ばか。年下がそんなこと考えんな」

「いやです。ここで手を離したら私が後悔します」

 

 楽屋のドアが勢いよく開いて、どんがらがっしゃんと漫画みたいにみんなが流れ込んできた。うららちゃんは倒れたまま拳を突き上げる。部長として落語ファンとして声を張り上げる。


「一人じゃないんです。あたしらも支えますから。ここにおるんですよ、若い落語ファンはここに四人もいますから!」


 私はもう一度手を差し伸べる。


「お姉さんはもっと自分の心を労わってあげてください。弱い部分もさらけ出してええんです。私が聞いてあげますから。いつかきっと円都さんを支える仕事に就きますから。だからもっと頼ってください」


 やれやれと呆れてから、私の手をぱしんと叩いた。


「じゃあ文化祭、もう一つだけ条件を追加して。これはワタシの心からのお願いなの」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る