もう一つの作戦

 境内に秋の風が吹く。落語終わりの火照った体を冷ましてくれる。ほとぼりが冷めて空っぽになった頭に一つの考えが浮かんだ。


 ひめちゃんと会いたい。会って気持ちを伝えたい。


 秋の空を眺めながらそんなことを考えていると声がした。私を呼んでいる気がする。妄想しすぎて幻聴でも聞こえてるのかな。


「ほたる!」


 腰に強い力がかかる。ふわっと彼女の匂いがする。


「ひめちゃん? ほんもの?」

「ほんもの。体温感じるでしょ?」


 確かに暖かい。彼女の体からどくんどくんと心臓の音が伝わる。その音と熱が離れていく。熱を持った目で見つめてくる。

 

「あれからよく考えたの。一度離れて冷静になってみた。でも、どれだけ考えても好きなの。ほたるのどんなところも肯定したい。ウチがしてもらったように」


 不安と期待の混じった瞳には涙が浮かんでいた。それでも笑顔を崩さない。たとえ私に振られても笑顔でいれるというように。私の一番笑顔にしたい人が無理に笑顔を作ってる。だから本当の笑顔にしてあげる。


「私もひめちゃんが好き。でも結婚はもうちょっと待ってくれへん?」

「ということは? いつか結婚してくれる?」


 子供が約束するように聞いてくるからおかしくて笑う。ひめちゃんの左手をすくい取り、薬指のネコちゃんネイルをなぞる。


「うん。その時はドレスのコーディネート頼むね。その代わり私が指輪を選んであげる。だからもうちょっと待っててね」

 

 うんとかわいく頷く。彼女の笑顔を守りたい。一人ぼっちにしたらまた泣いちゃうだろうな。だったら私は彼女よりも長生きしないと。


「作戦成功やね」

「それって野崎詣り大作戦?」


 彼女をここに連れてきてくれた、うららちゃんに聞く。

   

「いや、それは計画の一部。本当の作戦は、好きな気持ちを溜めこんで相手に届けること。名付けて須磨すま浦風うらかぜ大作戦なのだ!」


 にっかりと八重歯を見せてブイサインをする。


『須磨の浦風』は涼しい風をプレゼントする落語なのよと、しずくちゃんが説明してくれる。私たちのために考えてくれたんだと思うと、たまらなく嬉しさが込み上げてきて三人まとめてハグをする。


「うららちゃんもありがとう」

「あたしは部長やからね。部員が落語を楽しめなくなったなんて、そんなん放っとかれへんでしょ?」


 嬉しくなってもっと抱きしめる。手をいっぱいに伸ばして。

 私はみんなが好き。ひめちゃんも好き。落語も好き。

 だけどもう好きなだけじゃイヤだ。


「一つ提案があるの。聞いてくれる?」

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