いきなり本番!?
風がそよいで過ごしやすい夏の午後。
そのどでかい公園の一角にゴザを敷く。そこに座布団をぼふっと置いたら、即席の高座ができ上がった。師匠がオレンジ色の座布団を指さす。
「じゃあ初めからやってみて。
「へ?」
言葉が理解できない。
いや、できているけど飲みこめない。こんな人がいる場所で喋れというのだから。憩いにきた家族や、ほろ酔い気分のおじさんが、通りすぎては横目でちらっと見てくる。
ダメだ。目が回ってきた。くらくらする。
「……やっぱり無理です」
「笑顔にするんでしょ?」
「でも」
「大丈夫、傍におるから。だから安心して砕け散れ、冒険者!」
背中をバシッと叩かれる。冒険者と言われて心をぐっと持ち直す。もうこうなりゃ自棄だ。やけっぱちだ。ポケットの中のお守りを握りしめた後、意を決して最初の言葉を放った。
「植木屋さん、植木屋さん」
言えた。でも声はかき消された。
ただでさえ小さい私の声が雑踏に飲まれる。車の走行音、足音、喋り声、おじさんの鼻歌。負けじと声を出すがそもそも物語がおぼつかない。
途中で言葉が詰まる。思い出しては喋る。
笑顔にするどころじゃなかった。しっちゃかめっちゃか、てんてこまい。他人を気にする余裕もない。自分で精一杯なのに、人を笑わせるなんて到底無理だった。
でもここで逃げたら終わる。逃げたくない。
必死で喋った。結局、三十分かかったけどオチまで言い切った。師匠がすかさず褒めてくれる。水をくれる。
「よお頑張ったよ! 今度はもっと楽しんでやってみて!」
「はいっ!」
心が燃え上がる。なんだかスポ根じみてきた。ボニータイラーが流れそうだなと思っていたら、そっちは関係ないと師匠に言われた。
青菜、二回目。
今度は少し余裕ができた。すらすらとは行かないまでも言葉は繋がる。滴り落ちる汗を手ぬぐいで拭う。徐々に足を止める人が出てくる。だけど最後までは聴いてくれない。
声は出てきたと思う。でも全然笑ってくれない。
何がダメなのだろう。やっぱり私が下手なのかな。こんなに面白いネタなのに一人も口角が上がらない。悔しくなって熱を込めると、お客さんの熱が冷めていくのが分かった。
日が傾いてくる。
もう限界に近かった。落語というのは想像以上に体力を使う。できてあと一回だった。ふいに、おでこに冷たいボトルが当たる。
「熱は引いた?」
「心の中はまだ」
「よし」
師匠は燃える夕日を見つめて語る。熱血コーチのように語る。
「いいか。相手のことを思い浮かべて、笑っている姿を想像するんだ。どうしたら笑顔になってくれるか考えろ。たった一人でもいい。君の言葉と仕草で景色を見せるんだ」
師匠の言葉に力強く頷く。息を整える。行き交う人を眺める。
私の見せたい景色を考える。笑顔になる姿を想像する。
そうして私は一人のサラリーマンに狙いを定めた。
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