初めての落語

 二人に連れてこられたのは私のよく知る場所だった。

 兵庫県立美術館。海の傍にある大きな美術館。館内は広く入り組んでおりダンジョンのよう。歩くだけでも楽しいこの建物が好きだった。


「あの、ほんとにここで?」

「ふっふっふ。この美術館には秘密の部屋があるのだよ」


 うらら部長の丸メガネがぺかりと光る。


「秘密の?」

「そう。そしてこれがそのチケットだっ!」


 私の前にバッと突き出されたのは五百円玉。なんてことのない硬貨。だけれど陽射しを浴びて金色に光るそれは、なんだか特別な宝物に見えた。


「行こうほたるん。初めての落語会へ!」

 

 うららさんは私の手を握る。ふわっと風が吹いた。


 秘密の入口はロビーにあった。ガラス張りの窓から陽射しがたっぷりと壁に塗られている。そんな気持ちのいいロビー。チケット売り場の隣に小さな入口がある。


 そこは確かに秘密の部屋だった。会場はこじんまりとして狭い。小さな箱にぎっしりパイプ椅子が並んでいる。五十ほど。お客さんは半分ぐらいだった。お年寄りばかりだけど、おかげでほっと出来た。

  

 そういえば私は落語を知らない。今さら緊張したのか、肩に力が入ってるのが自分でも分かる。でもそれはすぐに解けた。左右の手を二人が握ってくれたから。しずくさんはこう言ってくれた。


「今日はもう笑うだけでええんよ」と。


 ちゃきちゃきとした三味線の音が鳴りだす。

 どくんどくんと胸が音を立て始める。

 いよいよ落語が始まる。

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