三人だけの楽園

「おじゃまします」

 

 そっと部室へ足を踏み入れると、ふわっとい草の香りがした。そこは六畳ほどの畳部屋。本棚には落語の本と思わしきものがぎっしり詰まっている。レコードにCDプレイヤーとタイムスリップした気分だった。


「うちの部にはもう一人おってね、ほらあの子」


 畳の上で髪の長い女の子が丸まって、くうくうと寝ている。美人さんだった。部長さんが叩いたり肩を揺らして起こす。気持ちよさそうだから、寝かせてあげてほしい。


「しずちゃん起きや。新入部員や」

「ううん」


 彼女はゆったり起き上がる。黒髪が滝のように流れ落ちる。水滴型のネックレスはたおやかな胸の上にすっぽり収まる。白のブラウスに青のスカートは穏やかな海みたいだった。


「おはよう、うららちゃん。今日は夢で天狗と会えたわ」

「ついにやったかっ!」


 ――天狗。私がぽけっとしてると部長さんが答えてくれた。


「そういう落語があってね」

「ほんまに天狗と会いたくて寝てたんです」


「実はこの子、箱入り娘のお嬢様でね。子供の頃から落語だけを聴いて育ったんよ。だから落語が常識になってて。しずちゃん、さくらんぼの種飲んだらどうなんの?」


「頭から桜の木が生えるよ」

「てな具合。楽しそうでええでしょ?」


 なんだか仲良くなれそうな気がする。


「わたしは丹波たんばしずく。よろしくね」

「明石ほたるです」


 二人でぺこぺこと頭を下げあう。しずくさんは柔らかくて白い手で私の手を包むと、にこにこ笑った。ほんとうに柔らかかった。


「うむっ。では全員揃ったところで部活動を始めますか」

 部長さんがメガネをくいっと上げる。 


「よいかほたるん。落語はラジオや映像だけでも面白い。だが真の力はまだ発揮されてないっ、落語の本当の面白さは生にあるっ!」

 

 しずくさんが水色のスマホをスワイプして言った。

「うららちゃん、今日は二時からあるよ」

「あそこなら……よし。ほたるん。始めての部活動にでかけるぞっ!」


「どこに行くんですか」

「落語が聴けるとっておきの場所、だ」

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