ようこそ落語エンジョイ部へ!

 海風が潮の匂いを運んできた。

 私の通う大学は神戸にある。海の上にぷっかり浮かぶ人工島。その上にクルーズ船みたいな建物がぽつんと乗っている。できたての白い校舎が眩しい。


 本当はもう家に帰るつもりだった。それでも足が動いたのは、勧誘チラシのこの言葉に惹かれたから。

 

 ――心が疲れたらおいで!


 部室は三階の端っこだった。いきなり入るのは怖いから、ドアに耳をぺたっとあてる。ひんやりして気持ちいい。幸い廊下に誰もいないからか、部屋からの音がよく聞こえた。たぶん落語というやつだ。

 

 聞こえてきたのはこんな物語。主人公は冷蔵庫にいるプリン。そのプリンが恋をしたのはアイスちゃん。でもアイスは冷凍庫にいるから、出会うことはできない。


 そこでアドバイスをくれたのは庫内にいる食材たち。ケチャップさんや、バターさんが喋って楽しい。プリンがぷるぷると健気に頑張っている。涼し気で可愛い物語。


「ふふふ」


 ――え。誰の笑い声? 私が今笑ってるの? 声を出して笑ってる? 確かに笑ってる。私、まだ笑えたんだ。私やっと外で笑え――


「ぶへらっ!?」


 うう……お尻が痛い。おでこも痛い。今度は急にドアが開いて吹っ飛ばされたらしい。うちの学校のは玄関と同じタイプだと忘れていた。


「あ、ごめん。大丈夫?」


 その女の子は日に焼けてボーイッシュだった。黒縁のまんまるなメガネをかけている。ラフな白いシャツに青緑色のズボンが風みたいだった。


「もしかして入部希望?」

「えっとその」

「今の面白かった?」


 こくりと頷く。


「良かった。あたしはここの部長、須磨すまうらら。あなたの名前は?」

「あ、明石あかしほたるです」

「ほたるんね」


 人生で初めてあだ名で呼ばれた。ちょっと嬉しい。


「あのここは?」

「よくぞ聞いてくれましたっ。ここは落語エンジョイ部、活動内容はただ落語を見て・聴いて・楽しんで笑うだけ! そんな落語好きが集まる部活動、落エンへようこそ!」

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