野崎詣り大作戦!

「うむ。なるほど分かった。じゃあ喧嘩してみよう」


 うららちゃんに私の異変を伝えるとそんな答えが返ってきた。ひめちゃんは愛が暴走してるから一旦頭を冷やした方がいい。私は女の子同士の恋愛に心が追いついてない。それで落語が楽しめなくなっている。


 二人とも好きな気持ちは同じ。だからこそ喧嘩してみる。喧嘩して相手の悪いところもちゃんと見る。自分と相手としっかり向き合う。


「それがこの作戦、野崎詣のざきまいり大作戦なのだ!」


 自信満々にブイサインを作ってみせる。

『野崎詣り』は口喧嘩で勝負をするという内容の落語なのよと、しずくちゃんが補足してくれた。いつになく熱い口調でひめちゃんに言う。

 

「きくりちゃん。これは愛の試練よ。頑張ってね」

「うん! 全力で喧嘩するね!」

  

 なんだか矛盾してる気がするけど私も頑張ろう。

 もう一度落語を楽しむために。お互いの愛を確かめるために。

 こうして私たちの喧嘩が始まった。


 ◇


 二人は大学で会うたびにとりあえず睨み合う。だけど見つめ合って終わってしまう。これじゃダメだよと言うと、爪を立ててしゃーと威嚇された。かわいい。


 薬指のネイルがネコなのに気付いて、それがまたかわいくて仕方ない。私もしゃーするとひめちゃんが悶えた。てんで喧嘩にならない。


「これやと猫のケンカになるよ」

「むう……」


 と考えて捻りだしたのが「ほたるのばか。きらい」だったから私が悶えた。悪いとこを探すのがこんなに難しいなんて。好きならいっぱい見つけられるのに。


 また別の日。大学の講義室。授業が始まるまで予習をしていると、ひめちゃんが隣に座った。何かを言おうとして言わない。向こうも難しいみたいだった。


「あ、褒め部の人じゃん」


 左隣に座った女子にいきなり声をかけられる。私がきょとんとしていると、バッグからカチューシャを取り出してそれで思い出した。うららちゃんが褒めたゴスロリの子だ。


 彼女はあれから人を褒めるのが癖になったらしく、ついでに私も褒めてくれた。右隣からぎりぎりと歯ぎしりが聞こえる。


「ぐうう、ウチの方が褒められるのにい」

「ごめん。彼女さん嫉妬しちゃった?」


 ゴスロリさんが手を合わせて謝る。ひめちゃんは頬杖をついて、じとっとした目で私を見てくる。口をとがらせて文句を言う。


「嫉妬するよ。だって好きやもん」

「私も好きやけど、でもいきなり結婚はおかしいよ」


 こっちの意見をぶつける。向こうも反論してくる。


「だってそっちだって告白してきたやん」

「あれは笑顔になってほしかったからで、冗談半分やもん」

「じゃあ嘘ってこと? ウチは本気やけど」

「そりゃ私だって半分は……」


 ひめちゃんはノートを叩いて声を荒げた。


「そういうとこ嫌い。たぶらかすようなことして。あの日もそう。口説いてるのって聞いたら、『口説いてほしい?』なんて」


 カチンとなったから言ってやる。


「だったら私も言わせてもらうけど、可愛すぎるとこが嫌い。猫みたいに急に甘えてくるとことか、守ってあげたくさせるのが悪い!」

 

 私を指さしてレモン色の猫は威嚇する。


「ほたるだって可愛いの! ほとんどすっぴんでその可愛いさは自覚すべきやし! 料理できるし、時々ずるいほどカッコいいこと言うのも悪い!」


「へえ、お互いのことよお知ってるね」


 痛いところを突かれた。二人とも照れて俯いた。


 一週間後。部室で落語を聴いてみるも想像は浮かばない。でもモヤモヤはもう少しで晴れそうな気がする。だったらわたしに任せてよと、立ち上がったのは意外にもしずくちゃんだった。


「ほたるちゃん。今度の週末、二人で須磨すまに行かへん?」

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