導かれた先で

 八月も終わりに近づいたある日。からっとした暑い日だった。肩掛け鞄にはペットボトルとスマホとチケット。そんな軽装で私は今から旅に出ます。


「じゃあ行ってきます」

「ちょっと待って、ほたる」


 私が旅立とうとすると、お母さんに呼び止められた。


「大丈夫やってば。一人でいつもの寄席に行くだけやから」

「分かってる。でもこれだけ持ってって」


 それは朱色のお守りだった。ちょっと足を伸ばすだけなのに、お守りだなんて。恥ずかしかったけど嬉しかった。


「ありがと。じゃあ行ってくるね」


 かくして準備は整った。いよいよ私の冒険が始まる。 


 さて、今日のゴールは神戸の寄席だ。開演は夜の六時。そして今は午後一時。時間はたっぷりとある。それまでは気の向くまま風に流されてみよう。そう思って一歩を踏み出した時だった。


「にゃあ」


 家の前に猫がいた。


 こちらをふいっと見た後、着いてこいと言わんばかりに、とてとてと歩きだした。私はもちろん揺れるしっぽを追いかけた。


 ずんずん歩く。すると住宅街に突然、小さな森が現れた。


 入口ですと言わんばかりに鳥居が立っている。突如現れた森、そして鳥居。こんなのワクワクしないわけがない。私は少し速足で神様の通り道をくぐった。


「迷宮みたい」


 森の中には石の階段があった。木々に覆われていて涼しい。猫は石積みの階段を軽い足取りで登って行く。私の脚も自然と軽くなる。


 階段をえっちらおっちら登る。明石ノ樹海をひた進む。


「ねえ猫ちゃん、この先に何が――」


 頂上に登りつめた時、ぶわっと風が吹いた。一気に景色が広がる。私の目に飛び込んできたのは、明石の街と海だった。遠くにうっすらと淡路島も見える。明石海峡大橋も見える。


「ご褒美きた」


 一足先に到着していた小さな案内人は一つあくびをすると、すぐ脇にある神社の方へ消えて行った。そうだ。そういえば鳥居をくぐったんだった。


「えっとここは、人丸ひとまる神社と」


 境内に入ると木陰で猫ちゃんが寝ころんでいた。「写真撮っていい?」と聞くと「なう」と答えたので、撮っていいと解釈させてもらいます。


 メッセージを添えて、きくりちゃんに写真を送る。


「猫に導かれて絶景と神社に。しかも家の近くでした」

「ニャンコ! 確かに近所って意外と知らんもんね。ありがと。ウチも探してみるわ」


 ふと携帯から目を上げると、おみくじがあった。


「せっかくやし、今日一日を占ってみよかな」


 からころと銀の硬貨が落ちる。百円で手に入れた薄い和紙を広げると、こう書いてあった。大吉。旅行よろし。失せもの見つかる。待ち人きたる。


 ――待ち人。


「おーい、そこのお嬢さん。ちょっと肩貸してー」

「待ち人きた」


 声のした方を見ると、お姉さんが階段でふらふらしてる。その場で立ち尽くして、困ったような笑顔で自分の足元を指さした。


「下駄の鼻緒が切れちった」

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