第3話
当たり前のことではあるが、僕たち
一部の生徒がたとえばサンドイッチなどを売っていることもあるが、なにを混ぜられているかもわからないものを口にするのは避けるべきであろう。
だからこそ、ほとんどの生徒は自分で料理をする。"銀行屋"でもそれは例外でなかった。
僕が今いるのは旧家庭科室である。この学校に調理に使用できる設備があるのはここしかない。だから、ほとんどの生徒が利用する公共設備と化していた。
旧家庭科室の外ではザァザァと雨が降りしきっている。そのためか部屋の中にはいつもより多くの生徒の姿があった。
「で、
「あら、いったいわたしを誰だと思っているの? そんな非生産的なことに時間を費やすとでも?」
ゆえに、"銀行屋"の食事は全て僕が担当している。
実は"銀行屋"には僕と
調理器具をひっぱりだしながら僕は頭が痛くなった。"銀行屋"のなかでまともな生活能力を持つのは僕だけではないかという気がしてきている。
幸い、今日は休日だ。作り置きをしておくには十分な時間がある。
壁際にもたれかかって退屈そうにしている
しばらくして、作り終えた料理を次々とタッパーに詰めていくと、脇あいからひょいと手がのばされ、肉団子がひとつ消えてしまう。
振り返らずとも僕は誰の仕業かわかった。
「
「ガッハハハ、吾輩の前でそんなに美味しそうな料理をしているお主が悪いのだ!」
僕の胸元ほどしかない背を目いっぱいにのばすその少女の名は
つまみ食いしたのにも関わらず、すこしも悪びれるところのない
「ああ、そうだね。」
そして、その肉団子を
「お前はもっと食べて身長をのばさなきゃいけないからな。」
次の瞬間、いきなり飛んできた正拳突きをひょいと躱すと、
「吾輩をチビ扱いするな!」
「それは事実だろ。」
「うるさい!」
僕の冷静な指摘に
「でもさ、お前の身長、
そう、小柄な
「そっ、そんなことより!
話題をそらした
"郵便屋"とよばれる生徒がいる。彼らは一週間に一回の商店では売られないような風変わりな品物を人里まで走って買いに出かけるのだ。勿論お金はかかるが、この高校では普通手に入らないようなものが得られるのは魅力的である。
「へぇ、あなた。
先ほどまでまったく会話に興味を示さなかった
「吾輩の身長をバカにするようなやつには当然の報いである。」
目の前で
「すみませんでした、なんでもするからなんとかしてください。」
小声で許しを請うと、
「転校生に吾輩を紹介するのだ。いい金づ、ゴホンゴホン友人になってくれそうな予感がするのである。」
……ごめんなさい、
心の中で
「よし、いいだろう。……別に市販の風邪薬で大したものではないのである、
「そう? それじゃあ、料理も終わったみたいですし旧図書室にもどりましょ?」
もたれかかっていた壁から体を起こした
「あなた、もう一度聞くのだけれどいったいなにを
前を歩く
「いや、
「……ふぅん、そう。」
廊下を歩く僕たちのあいだで会話が途切れる。その沈黙はどこか重苦しく、陰鬱な死刑場のような色を帯びていた。
ふと僕は周りを見渡しておかしなことに気がついた。どう考えても旧図書室から遠ざかっているのだ。
「あれ、
次の瞬間、僕は宙を舞っていた。混乱した脳みそが足を滑らされたのだと気がついた頃には、すぐとなりの部屋につき飛ばされる。
その薄汚れたタイルはここが長いこと使われてこなかった男子トイレであることを指し示していた。頭を床に打ってもだえる僕の服の襟をつかんで、
トイレの奥の壁に叩きつけられた僕は、ただ近づいてくる
僕が恐怖に襲われて身動きひとつできない中、
僕を覗きこむ
僕はその瞳に嫌というほど見覚えがあった。今の
「
「だから、ただの咳止めの薬だって。」
だからといって正直に答えるべきではない。そもそもこの問答自体がブラフなのかもしれないからだ。僕は嘘をつきとおすことにして
「うそ。」
耳もとでささやかれる。
「あなたが最後に咳をしたのは十三日前、紅茶が気管支に入ってむせたとき。それ以降は体温、体調ともに正常の範囲内にとどまっているでしょ?」
背筋にゾッと戦慄が走る。いったいなんで
クスクスクス……。小さな、かわいらしい笑い声が男子トイレに響く。
その気が触れたような笑い声に、僕は一線を越えてしまったことを悟る。いよいよ本格的にマズいかもしれないと気がついた僕はすぐさま真実を告白することにした。
「その、実は僕が頼んだのは」
「くだらない低俗でふしだらな漫画、でしょう? そんなことわかるわよ。」
目を見開く僕の頬に冷たい吐息がかかる。肩から顔を持ちあげた
「わたし、悲しくて悲しくて笑ってしまいそうだわ。あなたがそんなに愚かだっただなんて。」
首もとにそえられた指に力がこめられていく。どうやら
しかたがないじゃないか、思春期の男子にとっては必需品なのだから。それにだいたい
そう、口に出して言いたかったけれど賢い僕は沈黙を守ることにする。
すべての元凶たる
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