学校を裏から支配する腹黒少女に執着されてます

第24話

「はっ？」

　清流寺（せいりゅうじ）が発することができたのは、困惑に満ちた間抜けな声だけだった。脳が現状を理解することができていない。

　太刀脇（たちわき）に呼ばれて扉を開けたと思えば、目の前に数奇院（すうきいん）が佇んでいた。しかもご丁寧なことに紅茶の入ったカップまで持参して。

　目を白黒させている清流寺（せいりゅうじ）を愉快げに見つめながら、数奇院（すうきいん）は紅茶を口にした。カップをソーサーに戻すカタリという音が、清流寺（せいりゅうじ）を現実にひき戻す。

「太刀脇（たちわき）さん、これを持っていてくれるかしら？」

　未だ中身が残ったままのカップを数奇院（すうきいん）が太刀脇（たちわき）にさしだす。数奇院（すうきいん）を裏切っていたはずの太刀脇（たちわき）はそのカップを恭しげに受け取った。

　その様子をぼんやりと見つめていた清流寺（せいりゅうじ）は、ようやく真実を悟る。太刀脇（たちわき）は数奇院（すうきいん）を初めから裏切ってなどいなかったのだ。

「太刀脇（たちわき）っ……！　てめえ、俺を騙したな！」

「嘘、つく、当たり前。ここ、神子（かみこ）高校。騙される、清流寺（せいりゅうじ）、悪い。」

　太刀脇（たちわき）が肯定するように嘯く。それはとりもなおさず清流寺（せいりゅうじ）にとっての最悪を意味した。

「ちょっとした余興のつもりだったのだけれど、楽しんでくださった？」

　数奇院（すうきいん）が懐から一枚の手紙を取り出す。その文面を目に入れた清流寺（せいりゅうじ）は愕然とした。

　そこには清流寺（せいりゅうじ）が初めて太刀脇（たちわき）に送った手紙の文章を一言一句違わず写し取られていたうえに、数奇院（すうきいん）に指示を仰ぐ文言が付け加えられていたのだ。

「太刀脇（たちわき）さんが迷いもなくすぐにわたしに教えてくれたもの、すこし遊びたくなってしまって。」

　まるで忠犬のように数奇院（すうきいん）の後ろに控える太刀脇（たちわき）がぶんぶんと首を縦に振る。数奇院（すうきいん）は清流寺（せいりゅうじ）にただ微笑んだ。

　知っていたのだ、最初から。清流寺（せいりゅうじ）が数奇院（すうきいん）を敵にしようとしていたことも、太刀脇（たちわき）に寝返り工作を仕掛けていたことも、なにもかも知っていたのだ。

　獅子王（ししおう）によってすべての手紙が検閲されていることを清流寺（せいりゅうじ）は知らない。だが、それでもひとつの真実を悟るのには充分だった。

　清流寺（せいりゅうじ）は今の今まで自分が優位であることを疑っていなかった。この神子（かみこ）高校最強の武力を手に入れ、"銀行屋"の秘密も知り、そしてついには数奇院（すうきいん）ひとりまで敵を追い詰めた、そう確信していた。

　違う、そうではなかった。初めから、数奇院（すうきいん）の掌の上で踊らされていたのだ。

　知らず知らずのうちに清流寺（せいりゅうじ）が一歩後ずさる。が、タラリと流れる冷や汗に気がついたときに清流寺（せいりゅうじ）は自らの身を燃やし尽くすほどの憎悪を思い出した。

「ケッ！　流石は金に汚い"銀行屋"だ、つまらねぇ悪知恵ばかりよく思いつくもんだぜ！」

　再び瞳に獰猛な獣の眼光を宿した清流寺（せいりゅうじ）が数奇院（すうきいん）に詰め寄る。迫る清流寺（せいりゅうじ）の粗暴な気配にも動じず、ただ口の橋を持ち上げたままである数奇院（すうきいん）を見ていると、フツフツと怒りが沸き上がってきた。

　そもそも清流寺（せいりゅうじ）が数奇院（すうきいん）に反旗を翻したのは、お金を手元で転がしているだけのはずの数奇院（すうきいん）が"転売屋"をまるで肥えた牝牛のように搾取していたからだ。

　清流寺（せいりゅうじ）はこの神子（かみこ）高校で必死に艱難辛苦を積み重ねてきたと自負している。

　もともと父親が気絶するぐらいまで殴っただけでこの高校に送られてきた清流寺（せいりゅうじ）は同級生の不良たちと比べれれば子猫のようなものだった。特に見境なく出くわした人間を片っ端から病院送りにしていた桜木（さくらぎ）のような真正のゴロツキと並べられるとその差は歴然である。

それでも、清流寺（せいりゅうじ）は必死に努力した。一筋縄ではいかないこの高校の不良たちと何度も喧嘩をし、力を認めさせて地位を高めていく。そして、ついにはあの桜木（さくらぎ）ほどの大悪党も従えるほどの権勢を手に入れた。

　それにひきかえ、数奇院（すうきいん）はどうだ。

　やったことといえば生徒から金を集めて清流寺（せいりゅうじ）に食品を買い占めるよう指示しただけ。確かにこの金稼ぎの仕組みを考えたのは賢いが、だからといって金を左から右に流すだけで儲けの大半を奪っていくのはいったいなんだというのだ。

　太刀脇（たちわき）を手下にしたのだって清流寺（せいりゅうじ）のように強者として力を見せつけたのではなく、札束をありったけ積んだだけだ。

　金をいじくるだけで自分よりも上をいく数奇院（すうきいん）を清流寺（せいりゅうじ）は内心苦々しく、そして心底軽蔑していた。

　清流寺（せいりゅうじ）は心の中で自らの支援者の言葉を思い返す。そうだ、数奇院（すうきいん）はしょせん暴力に訴えることのできない弱者、だからこそこのような絡み手に頼るのだ。

　自信を取り戻した清流寺（せいりゅうじ）がデコボコと凹凸の激しい拳骨をつくって数奇院（すうきいん）に見せつける。

　数奇院（すうきいん）はどこか冷めたような、つまらなさそうな目で目をランランと光らせる清流寺（せいりゅうじ）を見つめていた。

「ああ、そうだよ。数奇院（すうきいん）、お前との化かしあいには完敗だ。だがな、それがいったいなんだっていうんだ？　俺にはこの拳がある。」

「………清流寺（せいりゅうじ）、敗北、認めない？　殴る、蹴る、死ぬ、ここで？」

　剣呑な雰囲気を強める清流寺（せいりゅうじ）を警戒するように、脇に控えていた太刀脇（たちわき）がずいと数奇院（すうきいん）のまえに進み出る。

　すらりと太刀脇（たちわき）の制服の袖口から飛び出てきた明らかに銃刀法違反の肉切り包丁を目にしても清流寺（せいりゅうじ）の余裕が崩れることはなかった。

「太刀脇（たちわき）ぃ、確かに俺だけじゃあお前にはかなわねぇかもな。でも忘れちゃいないか、俺はそこの数奇院（すうきいん）のアマさえひねりつぶせば勝ちなんだよ。………お前ら、出てこい！」

　清流寺（せいりゅうじ）の怒声とともにあちこちの廊下からドタドタと手下が蟻のように湧いて出てくる。桜木（さくらぎ）を先頭にしたその一団はぐるりと数奇院（すうきいん）たちを取り巻いた。

　清流寺（せいりゅうじ）がニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべる。清流寺（せいりゅうじ）の作戦は実に単純で、数の暴力に頼ればいいというものであった。

「いくら太刀脇（たちわき）でもこの数は捌けねぇだろ、こいつらの相手をしている間に俺が数奇院（すうきいん）をぶっ飛ばせばそれでいい。おいおい、卑怯だなんて言うんじゃねぇぞ？」

「ええ、もちろん卑怯ではないわ。」

「くく、その減らず口をいつまで叩けるもんだ？」

　周囲を敵の一味に囲まれているのにも関わらず妙に落ち着いている数奇院（すうきいん）にすこしも違和感を抱くことなく、清流寺（せいりゅうじ）は舌なめずりをした。

　とうとうあの数奇院（すうきいん）を引きずり下ろせるのだ。

「お前ら、行くぞ！　この数奇院（すうきいん）のアマ、くたばりやがれぇッ！」

　清流寺（せいりゅうじ）が意気揚々と数奇院（すうきいん）に殴りかかる。

「ガッ！？」

　しかし、残念なことに次の瞬間に清流寺（せいりゅうじ）が味わえたのは長年の宿敵の憎たらしい顔を拳で歪ませる極上の快感ではなく、血の苦い鉄の味だった。

　太刀脇（たちわき）にぶん殴られた清流寺（せいりゅうじ）はまるでギャグ漫画のように吹っ飛び、廊下の壁に叩きつけられる。雄たけびをあげて同時に太刀脇（たちわき）に襲いかかるはずだった取り巻きたちは清流寺（せいりゅうじ）を遠目に囲むだけだった。

「は？　お前ら、なにしてんだよ。俺を手伝えよ。」

　清流寺（せいりゅうじ）が困惑したように周りの子分に命令する。しかし、申し訳なさげな表情を浮かべながら誰も動こうとはしない。

「清流寺（せいりゅうじ）の旦那、すまんが今は俺たち傍観させてもらうぜ。」

　今にも吹き出しそうになりながら桜木（さくらぎ）が清流寺（せいりゅうじ）に声をかける。しばらく豆鉄砲を喰らった鳩のように間抜けな目つきでその言葉をかみ砕いていた清流寺（せいりゅうじ）はようやくその意味を察した。

「まさか、お前ら全員裏切ったのか………………？」

　信じたくないような、苦しげな震える声で清流寺（せいりゅうじ）が問いかける。返ってきた沈黙はつまり肯定であった。

　バキャ。

　ただひたすらに茫然とする清流寺（せいりゅうじ）に太刀脇（たちわき）が近づく。初めの一撃は足首にくわえられた。

「ッギャァァァァァァァッ！」

　野太い悲鳴が神子（かみこ）高校中に響き渡る。足が火にくべられたかのような激痛に悶える清流寺（せいりゅうじ）に構うことなく太刀脇（たちわき）は淡々と暴力を振るい始めた。