第3話
結局、
起きた直後は十分体調が回復したようにみえたが、結局それは空元気に過ぎなかったらしい。
賭博で全財産を失ったという
「
頭の上にのせていた濡れ布巾を取り換えていると、弱弱しく
廊下に出ると、今日も相変わらずたくさんの生徒がそこらで野宿している。一部の生徒などは屋内なのにもかかわらずそこらから拾ってきた枯れ木で焚火をしていて危なっかしいことこの上なかった。
脇から飛び出してきた生徒が肩にどんとぶつかって、そのまま走り去っていく。その姿を見届けながら、僕は懐から財布が消えていることに気がついた。
……まぁ、囮のほうだったからよいのだけれど。周囲に気取られないようにほんとうの財布がちゃんとあることを確認し、ひと安心する。
最近、
図書室の扉をがらりと開けると、
落胆する気持ちを抑えながら、僕は自分の持ち場の机の椅子に座った。
意外に思われるかもしれないが、僕はこれまでずっと"銀行屋"の業務だけはきちんと行っているのだ。それこそ体育祭の時も自分に割り当てられた仕事は必ず終わらせている。
もちろん、だからといって
普段ならちょっとした小話ぐらいはしていたはずの時間を無言で過ごす。しばらくして"銀行屋"が営業を開始した。
普段よりもごっそりと減った預金の引き出しを粛々と進めていく。札束が目の前を通っていくたびに、
そうしてしばらく"銀行屋"の作業を続けていると、数人の生徒がまとめて図書室に入ってくる。しばらくの間洗濯していないのか染みがところどころについた制服をまとったその一団は、一般の客とは思えないほど剣呑な光を目に宿していた。
視界の端で、
その一団はまとめて僕の前の椅子にどかりと座りこんだ。
とたん、足元にチクリとした感覚が伝わる。思わずその一団の先頭の女子の目を見つめると、顎をくいっと持ちあげる。
そうっと手を足のほうにのばしていくと、また指先にちくりとした痛みが走る。相手を刺激しないよう手を持ちあげると、指先がぱっくりと割れていた。
どうやら僕は足元になにやら刃物を突きつけられているらしい。
「それで、あたしこんだけの金額引き出したいんだけど……。」
まるで普通に預金を引き出しに来た一般客のようなそぶりをしながら、紙切れを僕の目の前にすっと差し出す。
そこには騒がないこと、そしてちゃんと正当に預金を引き出しに来た生徒だとほかの"銀行屋"の仲間に思わせて指定された金額を手渡すことなどが書かれていた。
どうやら彼らは"銀行屋"破りをしに来たようだ。
しかし、なんとも無謀なことを。僕は無駄だと知りながらもその指示に従った。
「
紙切れに書かれている金額は事前に金庫から取り出しておいたお金の量では到底足りないほどのものである。僕は正規の手順に沿って
「そう。それならそこのあなたたち、口座の名義と引き出したい金額を答えなさい。」
カウンターに座った
一団の一番端にいた男がぎろりとこちらを睨んでくるが、僕にはどうしようもない。彼らの条件に従うためには必要なことなのだ。
「あ、ああ。我々は"転売屋"の桜木の名代としてここに来た。引き出し金額は百万だ。」
先頭の女子が目を泳がせて冷や汗をかきながら答える。さすがにそれぐらいの設定は用意していたようだ。
「では、その確認を行うわね。八桁の記号の暗証番号を教えてくださる?」
お粗末な強盗計画ではあるが、そもそも普通の生徒はここまで厳重な手順で預金を引き出した経験がないからこそここまで慌てふためいているのだろう。
普段なら僕が本人だと目視で確認した時点でお金を渡しているのだ。
「どうかしたのかしら? はやく答えてくださるとありがたいのだけれど?」
「も、もちろんだ。暗証番号は、S・A・K・U・R・A・G・Iだろう?」
"転売屋"の
「……いいでしょう、確認しました。ところで、緊張するのはいいのだけれど、あまり不審な様子を見せないでくれるかしら。一瞬強盗だと思ってしまったわ。」
「さて、そうね。書類仕事を
「なにをしているの? 大金を引き渡すときはできるかぎりたくさんの目があった方がいいでしょう、誰かが持ち逃げしないとも限らないのだから。」
ようやくそんなに大人数でお金を受け取る理由を理解した一団は、僕に刃物を突きつけている女子ひとりを残して色めき立ちながら机を離れた。
次の瞬間、
「なっ!?」
一団が
いつの間にか図書室の扉の前にたっていた
「では、
主からのゴーサインが出た狂犬は、その本領を申し分なく発揮する。我に返ったwその一団が突進してくるのを木刀ですぐさま叩き伏せてしまった。
苦痛に呻きながら気絶したまま横たわる強盗の生徒たちに、心の中で合掌する。
そして、一団から凶器をすべて没収したのち、廊下に放り投げた。
実のところ、暗証番号は記号ではなく数字なのだ。これはもしも誰かになりすまして預金を盗み取ろうとした生徒が現れた時のための対処法としてお得意様にだけ明かされている秘密である。
まぁ、なにはともあれあまり褒められた計画ではなかったようだ。
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