第2話
その生徒が言うには、体育祭の賭博の熱狂に背中を押されて持っている有り金すべてを
「誰だって
吹きさらしの廊下にうずくまりながら、その生徒が語る。どうやら体育祭の前に
そして、その噂に騙された人間はとてつもなく沢山いたとも。
「みんな頭がおかしくなってたのさ、絶対なんて賭博であるはずないのにな。」
熱に浮かされたようなふわふわとした目で生徒が自虐的に語る。その手に僕は周りに見えないよう一千円札を握らせて、廊下を後にした。
背後でドタバタとその生徒がどこかに駆けていくのを耳にする。
……どうやらこんなに今年の冬に金欠の生徒がいるのは賭博で全財産をすったかららしい。自業自得といえるのか、それとも金がものをいうこの高校の哀れな犠牲だというべきなのか、僕は頭が痛くなってきた。
「とにかく、今は早く廃教室に行こうや。」
しかし、それはほんのわずかの現実逃避にしかならなかったようだ。
いつもの廃教室は様変わりしていたのだ。いつもの数倍はいる僕の食料を待っている生徒の数に、僕はめまいがする。
「
人ごみをかきわけながら近づいてくる
「兄貴、すみません。どうやら賭博で全財産すっちまった馬鹿が沢山いたみたいで……。」
どうやら、体育祭での
ビニール袋の中を覗き見る。
もちろん、そこにはこれほどまでに沢山の生徒の分の食事は入っていない。
「
「いえ、誤らなけりゃいけないのはこっちのほうでさ。まさかこんなことになるだなんて予想すらできてなかった俺が悪いんです。」
ただでさえ少ない食料がどんどんなくなっていく。生徒全員が廃教室から姿を消すのと、手元のビニール袋が空っぽになるのはぎりぎりだったと言わざるを得なかった。
これは次からできる限り原価を抑えて、その分量を確保しなければいけない。僕の所持金だって限度というものがある。
"銀行屋"としてけっこうな大金を受け取っているものの、今までだってけっこうカツカツでやってきたのだ。これからの幸先が怪しいことに僕はただひたすらため息をこぼすばかりだった。
必然、廃教室からの帰り道も先行きについて暗い考えばかりが浮かんでくる。
よくよく注意を払ってみると、"転売屋"の目を逃れるようにして奇妙な売店が増えているのがわかる。
その中身は、山や裏庭から拾ってきた木の実や雑草、きのこなどを格安の値段で売っている、法律どころか倫理的にもグレーゾーンを突っ走っている店ばかりだった。安全性などへったくれもない。
そこまでこの高校はひどい状況に陥っているのか、と僕が戦々恐々としていると、ふと
いったいどこにいったのかと探していると、少し先のところでしゃがみこんでいるのが見えた。
「
「
妙な動きをしている
確かによく見てみると、
慌てて駆け寄ると、
「しっかりせえ、気は確かか!」
軽く体を揺さぶっている
「
とにかく暖かいところまで運んでいかないとまずいかもしれない。僕はその生徒を抱きかかえると化学室目指して走り出した。
雪が積もって滑りやすくなっている廊下を走りながら、生徒の様子をうかがう。女子と見まがうほどに小柄で華奢なその男子生徒の童顔は苦しげに歪んでいた。
その生徒が目を覚ましたのは、もう日が暮れてからずいぶんとたったころだった。毛布にぐるぐる巻きにされ、石油ストーブの前の一等席に横たえられた少年が瞼を持ちあげる。
「あ、気がついた?」
ずっとはらはらしながらその男子生徒を見守っていた僕は、うれしくて思わず顔をほころばせてしまう。
「あれ、どうしてボクはここに……?」
頭を抑えながら、起き上がった少年がぼんやりと周囲を見渡す。そして、僕と目があうと顔をこわばらせた。
「え? ど、どうかしたの?」
「なんや
近くから
「あ、
次の瞬間、少年が毛布から抜け出すと飛び上がり、すぐさま華麗に土下座を決める。
「ぎ、ぎ、"銀行屋"にご迷惑をおかけして誠にすみませんでしたぁ~! どうか命だけはお助けを~!」
少年の予想外の行動に僕は内心自分がなにをしてしまったのか本気で不安になったのだった。
「それで、
少年の名前は
「いやぁ~、お恥ずかしいことにこの前の体育祭の賭博で全財産以上の金額を賭けてしまいまして、今も取り立てから逃げていて廊下に落ち着いたんですよ。しばらくそこにいたらだんだんひもじくて寒くて意識がもうろうとしてきて……。」
そして、しばらく気を失ったのちに、目を覚ました途端"銀行屋"の僕と目があったので、てっきり"銀行屋"まで取り立てに手を貸しているのだと勘違いしてしまったらしい。
確かに
背後でゴミでも見るかのような目つきで
またしても体育祭の賭博がでてきた。
入学したてで体育祭についてもあまりなじみのない新入生までもがここまで追い詰められているだなんて、いったい高校全体にどれほどの影響が出ているのだろうか。
想像して思わず身震いする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます