第29話
「っ!」
すんでのところで
一晩中の酷使に疲労の蓄積した僕の手が悲鳴をあげるのを無視して、しっかりと
二人の体重を支えていえるのは、
金属板が一部割れてあらわになった鋭い断面に皮膚がはがされたのか、たらりと赤い血が僕の腕伝いに滴り落ちてきた。
「い、
どこか不安げな
「
「わ、わかった。」
正直もう
ぎしりぎしりと骨がきしむ。ふうっと深呼吸をして覚悟を決めた後、もはや感覚がなくなりつつある腕に力をこめて、
まったくこういう時になると運動をなにもしてこなかった僕の非力さが心底嫌になる。女子の中でも比較的体重が軽いはずの
「ああああぁぁぁぁぁっ!」
僕らしくもなく絶叫しながら全身の力を腕にこめる。嫌な冷や汗がじっとりと額を濡らしているのを不快に感じながら、僕はただひたすらに腕を持ちあげることに集中した。
隙間にひっかけた手に走る裂傷がさらに広がっていく。僕の苦痛で滲んだ視界からみてもその真紅の色は見間違いようがなかった。
先ほどと比べてあきらかに量が増えた血の雫がぽたりぽたりと滴る。これはもうごまかしようがない、
「
「もういい、いいではないか!? 吾輩の手を離してくれ!」
「ダメだ、
やがて、
「
急に腕にかかる力が軽くなる。もうだらんと垂らすことしかできない腕を無視して、僕は息も絶え絶えに次の行動を
「それじゃ、ふたりで合図の後に一斉に金属板を押すよ。いいかい?」
「その前に
泣き出しそうな顔でしきりに視線を僕の腕と顔の間で行き来させる
「もう時間がない、体育祭は始まっていてもおかしくないんだ! 徒競走は一番最初の種目、とにかく急がないと僕の腕のけがも無駄になる!」
「っ…………。」
黙りこんだ
「手伝ってくれるね。」
返ってきたのは小さな頷きだった。だが、それだけで十分だった。
「いくよ。3、2、1、……押せ!」
合図に合わせて二人で金属板を手で押していく。ギリギリと耳障りな金属音をたてながら、ゆっくりと隙間は広がっていった。
ようやく人ひとり通り抜けられそうなぐらい隙間が開いた後、僕はまず
狭い隙間を通る際に無数の切り傷をつくりながら
続いて僕が隙間から抜け出そうとしたその時、だらだらと流れる血で手が滑った。
「あっ。」
意味のある言葉を発する間もなく、僕は暗い落とし穴の底まで落下する。びちゃりと泥の嫌な感覚を肌がむき出しの背中に感じた。
「
駆け寄ってきた
「
その言葉を聞いた途端、僕はいてもたってもいられなくなった。
痛む体を無理矢理に立たせる。目を見開く
「そんなことをしてる場合か! はやく運動場に向かえ、体育祭で一位をとるんだろう!」
「し、しかし……。」
「しかしもなにもない!」
「いいかい、僕はなにがあろうとも
僕の怒声に、
運動場で聞きなれた
昨日からの運動でもう指一本動きやしない。
なにはともあれ、なんとか無事に体育祭本番を迎えられたことに僕は一安心して瞼を閉じた。いや、僕が無事かどうかはまた別の話なのだが。
とにかく、もう人事を尽くしたと僕は胸をはっていえる自信があった。これであとは天運を待つのみである。
僕はゴールテープをつっきる
「あら、
ただ、ひたすらに
泥と血だらけになった、一見では遭難者と見間違うような小汚い格好の
だから、ほどほどに頑張って、体育祭では惜しいところで負けて、それで約束を口実にずっと
だが、ああ。
初めて出会った時と全く同じく、
あの細い体を見れば一目瞭然だ。
そんな
その思いは、落とし穴での出来事を経て確信へと変わった。
ただ黙りこくって落ち葉だらけの大地を蹴る。
幻視する、
自らのふがいなさへの怒りをこめてコンクリートで舗装された地面を蹴る。
それならば、自分は、
あんなにまっすぐな期待をうけて、自分を信じてくれる人がいて。それなのに、ふてくされてばかりで弱気になって初めから諦めてしまっていた
「お前にとって、吾輩にとって、
自問自答を口に出す。
「
そんな
「ならば、吾輩がすべきことは、なんだ……。」
決まっている。
その時、生まれて初めて
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