第28話
一寸先も見えないほどの暗闇が視界を覆っている。落下した時の痛みでジンジンする体を這いずらせながら僕は
「
「うむ。」
少し離れただけで
しばらくの間暗がりを這いまわっていると、落とし穴の概要がだいたい把握できた。
穴の周囲は固いつるつるとした金属板で覆われていて、とてもじゃないが掴むくぼみなどありそうにない。地面の底にたまっていた泥をすこし掘り返すと、壁と同じ金属の冷たい感触が伝わってきた。
「おそらくは昔使われていた貯水槽のひとつかもしれぬのだ。」
しばらくの間どうにかして壁の金属板をよじ登れないかと試してみたものの、すべて徒労に終わった。今頃化学室で異常に気がついただろう
「どうしようか、体育祭は明日だしそれまでにここから出ないと。」
「…………もういいのではないか、
僕の背後から
「体育祭が終わるまで、ふたりでここにいよう。
「………いや、それはいいかな。
やんわりと手で
暗黒の闇の中なのにもかかわらず、僕は
「もういいだろう、
甘ったるい声色で
「
「嫌だと言ったら?」
「この落とし穴から抜け出したところでどうせ
「僕は
ゆっくりと立ち上がり、
「もう、勝手にするのだ。どうせすべて無駄である。」
ずきりと痛む心を抑えつつ、僕は壁に手をあてた。相変わらず冷たい金属の感触だけが返ってくる。
どこかひっかかりがないか探してみるも、金属板の間は溶接されていて、小指ひとつひっかけることもできないだろう。
そして、なによりこの暗闇だ。なにも見えない以上どうしようもない、僕は途方に暮れた。
その時、一瞬落とし穴の中に光がさしこんできた。青白い、月明かりだ。僕はその出所を見上げた。
落とし穴を覆っている金属板と穴の淵との間にほんのわずか、隙間が広がっていた。
その月明かりは天井の隙間以外になんの役に立つ追加情報も与えてくれなかった。光が照らした落とし穴の中は手で触れてわかった通りまったくの傷一つもない金属板に囲われていたからだ。
だが、僕の興味はもはや壁から移っていた。
天井の隙間を見つめ、それをなんとか利用できないかと考える。とにかく、あそこの隙間にまでたどり着ければいいのだ。
そこまで考えてとある発想が思い浮かんだ僕は
下のズボンまで脱いで文字通り全裸寸前にまでなった僕は、今まで感じたことのない羞恥心をこらえてそれらをねじって結びあわせていく。
一本の長いロープを作り出すと、僕はその先に脱いだ靴を二足くくりつけた。
強度にかなり心配があるが、もしあの隙間のどこかにこの靴をひっかけることができればなんとかあそこまでたどり着けるかもしれない。
そうして僕の無限にも続くと思われた挑戦が始まった。
とにかく靴を投げて試行していく。もちろん投球練習などしたこともない運動神経皆無の僕が投げる靴は初めのうちは隙間の近くにすら届かなかった。
僕も朝からの練習が続いて疲労がたまっていたが、あきらめるわけにはいかない。全身泥だらけになりながら、靴を片手に持って天井の隙間をにらむ。
はたから見れば全裸の男子高校生が地面の落とし穴の底から睨んでいるというあまりみも変態的な構図になっていることを滑稽に感じながら、僕はひらすら靴を点に向けて投げ続けた。
次第に月が移動していき光のさしこんでくる方向が変わったせいか、再び落とし穴の中は暗闇に包まれる。それでも記憶に頼りながら投げ続ける。
時間の感覚がなくなってくる。なれない運動をし続けた腕は悲鳴を上げ始めた。
やがて、にわかに落とし穴の中が明るくなってきた。だが僕はちっともうれしくなかった。それどころか焦りばかりが募っていく。
それが意味することはとうとう朝が訪れてしまったということ、あと数時間でここから抜け出せなければ体育祭に
焦燥に包まれながら靴を投げ続ける。すでに両腕の感覚は痛みしか神経に伝えてこなくなっていた。
そうして何千回目に繰り返した投擲の瞬間、運命の神が僕に微笑んだ。
靴を投げてからしばらく待っても泥まみれの地面に落下するべちゃりという音が聞こえてこない。聞きなれた音を耳にしていないことに期待を掻き立てられながら、ゆっくりと天井を見上げた。
そこには、見事に隙間に挟まりこんだ靴があった。
喜び勇む心を必死に抑えながら、慎重に即席のロープをひっぱる力を強めていく。
実に幸運なことに、僕の体重をかけても靴が落下してくることはなかった。頭上では靴がグググ…と実に不安をかきたてる音を奏でていたが。
いったんロープから手を放し、心を落ち着かせる。ここで失敗してしまえば時間的にもう後がない。
覚悟を決めた僕はゆっくりとロープに手をかけ、金属板の壁も利用しながら上へ上へと落とし穴を昇っていった。
すこしずつ昇っていくたびに、靴が奇妙な音をたてる。まだもってくれと半ば神に祈りながら、ついに僕の手が隙間に触れた。
「
僕は万感の念をこめて
寝ぼけ眼でゆっくりと起き上がってきた
「なっ、
だが、次第に僕が宙に浮いていることに気がついて目を見開く。
「
「それは後でいいから、はやくここまで登ってきて!」
僕の切羽詰まった声に
「な、なるほど。体操服をねじって縄に……。」
「早く! この金属板はたぶん僕一人だけじゃ動かせないから、ふたりで力をあわせて押さないと隙間が広がらない!」
僕の再三の叫びに
その様子を眺めながら、僕はほっと一息つく。
あとは二人で金属板を押して隙間を広げるだけだ。これでなんとか体育祭に間に合う。
「
そう油断した僕をあざ笑うように、悲鳴を上げていた靴の靴底が割れた。今まで小さな隙間に挟まって人間の体重を支えていた靴がついに敗北する。
それは、ロープと
「
目の前で驚いた顔をした
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