第27話
ここ数日、夜が寒くなって肌をつんとさすようになった。運動場にむかう前にはもう上着を羽織っていかないと風邪をひいてしまいそうなぐらいだ。
紅葉は散り始めている。そのかわりに、冷たくて暗い風が吹くようになった。
毎日が矢のように飛び去っていく。体育祭はもう明日に迫っていた。
雨上がりでぐちょぐちょになった地面を蹴る。あちらこちらに飛び散った泥がぽつぽつと体操服に茶色の染みを作った。
体育祭が近づいている今、
遠巻きに僕たちを見つめるほかの敵対選手の視線を感じる。その多くは、呆れや嘲りをこめた目つきだった。
恐らくは
一人も後援者なし、特にドーピング用の薬の提供者なしに今年の体育祭を勝ち抜くことが不可能なのは、この高校の一般教養だ。もはや敵対選手たちは
周囲から大いに警戒されている選手は他にいた。
まるで地表ギリギリを滑空する鷹のような速さで運動場を駆け抜ける、その人影は
走り終えた
賭博に自身の全財産をかけている生徒は期待の目を、敵対選手からは嫉妬と羨望の目をむけられた
その姿を見届けたその場に集まったやじ馬たちはいつまでも興奮した様子で語りあっている。蚊帳の外の僕たちはひたすら黙々と練習を続けた。
「
あれからしばらく練習を続けたころには、すでに日が暮れ始めていてあたりは薄暗くなってきていた。運動場脇の階段に腰かけた
「そんなことないよ。」
「いや、今日の
暗い瞳をした
「もともと無茶だったのだ。たとえドーピングなしの条件でも体育祭で勝利することなど、不可能なのだ。」
「………
真っ赤な夕日が逆光となって、僕からは
「わかっただろう、吾輩はまったくもって無価値なのだと。こんななんのとりえもない吾輩はもう
「まだ体育祭は始まってすらいないじゃないか、そんなに悲観的にならなくてもいいよ。僕は
が、
「もう結果は火を見るよりも明らかであろう。頼む、ここでやめさせてはくれぬか………。」
「
思いのほか深刻に思い詰めているらしい
運動場のほうへと近づいてきている。しかも、かなりの人数だ。
僕は咄嗟に
そうして耳を澄ませていると、こちらに向かってきている生徒の一団の会話がよく聞こえてきた。
「それで、ほんとにその
「いや、
「へいへい、面倒なこって。」
漏れ聞いた会話に思わず舌打ちをしてしまいそうになる。
これまで
とにかく、今すぐこの場を離れなければならない。ここでリンチでもされればほんとうに取り返しがつかなくなる。
僕と同様その一団の会話を盗み聞きしていた
僕たちはそっとずつ匍匐して一団から離れようとする。しかし、少々遅きに失したようだった。
「おい、いたぞ! 階段のところに隠れてやがる!」
背後から突然怒声が聞こえてくる。それと同時に僕たちは立ち上がって全力疾走を始めた。
校舎から漏れ出てくる明りに照らされて
「
「校舎のほうはもう封鎖されてる、森の中に逃げよう!」
背に腹は代えられないとばかりに二人して暗い木々の間をかけていく。ビシバシと顔や腕にあたってくる木の枝が無数の擦り傷を体に残していった。
背後からは相変わらず怒号が聞こえてくる。それらからさらに逃れようと足に力をこめたその時だった。
すっぽりと足を踏み出した先の地面が抜け落ちる。
落とし穴に誘いこまれたらしいと気がついたころには、僕たちは泥だらけの穴の底に横たわっていた。状況を把握する間もなく、頭上から光が照らされる。
隣に倒れる
「ふう、思いのほかうまくいきましたね。準備をするのはとても骨が折れますが、結果を見ればそのかいもあったというものです。」
「……
「久しぶりですね、
眩い光が差しこんでくる穴の入り口から顔を出していたのは、
「いやはや、いくら疎遠になっているからといって
危害を加えられることはないとわかったものの、あの
「それなら、今すぐここから出してくれませんか?」
「おお、おお、それは無理な相談というものですよ。なにしろ
ニコニコと相変わらず贋作の笑みを浮かべながら、
一歩後ろにひいたらしい
「それでは、また明日の夕方に会いましょう。体育祭の授賞式はお見せして差し上げますので、どうかご安心を。」
何枚かの食パンが入ったビニール袋が放りこまれる。どうやらこれで一日しのげということらしい。
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