第20話
雨の止んだ窓の外は、一面の星の海だった。雨上がりには空中の塵が洗い流されて空気が澄むというが、田舎すらも通り過ぎて山奥の
大空いっぱいに溢れかえるように光り輝く星々に紛れて、僕はそっと旧図書室を後にする。星明りに照らされた廊下はしんしんと静まり返っていた。
今日、僕は
片手に握ったビニール袋がガサゴソ音をたてる。そのなかには料理をたくさん詰めたタッパーがこれでもかというほど放りこまれていた。
そう、数日ぶりに僕は
あの日成り行きで
しかし、
だからといって、
周囲をそっとうかがいながら、そろそろとほの明るい廊下を進んでいく。
そうして世界中から追われている指名手配犯になったかのような気持ちでゆっくりと僕は廃教室へとむかった。
「おっ、
「っ!?」
大声をあげなかっただけ僕を褒めてほしい。ピンと神経を張りつめていた時にいきなり暗がりから肩を叩かれたのだ、驚かない人間などこの世にいるだろうか。
「そないに驚かんでええやんか。うちは妖怪やないんやで。」
大仰に後ずさり跳ねる心臓を抑える僕に、すこし傷ついたような声をあげるその女学生は、
ひとまず
「……妖怪じゃないんだったら背後から忍び寄らないでほしいかな。」
「ごめんやって。」
申し訳なさげに手をわたわたと振る
「
「あ、うん。」
「
剣呑な色を瞳に映す
友人同士が気まずい雰囲気になるのはいたたまれないものだ。ちょうど用事もあった僕はさっさとこの場を退散してしまうことにした。
「ごめんだけど今日は用事があるんだ、また教室で話をしよう。じゃ。」
踵を返して廃教室へと向かおうとした僕の手首を、背後から掴まれる。
「まあまあ、そないに急がんでええやないか。」
柔らかなその声色とは裏腹に、僕の腕を掴む手には万力のような力がこめられていた。ピリピリと鋭い痛みが走る。
「ちょっと、話してこか。」
ニコニコと快活な笑みを浮かべる
ことりと目の前に、ビーカーに入った麦茶が差し出される。残暑の熱気にやられてジワリと汗をかいているそのビーカーがカラカラと音を鳴らした。
「ごめんやで、今コップがひとつもないんや。こっちに来たばっかやからな。」
言い訳をするような言葉と共に向かいの丸椅子に座った
ここは
電灯がついていないのにもかかわらず、教室は明るい。ピカピカと星の光が薄暗い旧化学室にさしこんでいた。
「いいところを見つけたね。」
「そうやろ、椅子がプラスチックで固いのはいただけんのやけど、それ以外は全部気に入っとるわ。」
どこか、
「それで、いったいなんの話なんだい?」
「あの日、
「………はい?」
「面白かったで、これ。
その表紙に無機質なインクで記された内容は、■■■中学におけるいじめの告発書。
確かに中学生の僕がかつて教育委員会に送りつけた最後の切り札だった。
「どうやってこれを……。」
思わず口をついて出た僕の問いかけには答えず、
「
なにやら楽しげな
「知っとる? うち、今まで世の中のことがずっと嫌いやったんよ。」
学校ではいっつも生意気やって先生に怒られてな。カラカラと笑う
「うちはな、うんざりしとるんや。世の中の大人は政治家も警察も先生も、み~んな口では正しいこと言っといて裏では腐っとる。」
「そんなことは……。」
「じゃあ、なんで
「事情がある人もいるでしょ、家族とか。」
「それは
「………。」
言葉に詰まった僕をにこやかに見つめながら、
「
――――――――どうして
ぞっとするほど冷たい声がする。僕は目の前の少女の変貌に言葉を失った。
笑っているようで、笑っていない。口は弧を描いているのにも関わらず、その深い赤の瞳はグチャグチャとした苛立ちと怒りが渦をまいていた。
「
「あんなやつと一緒におったら
すでに笑顔すら消えた
「
「っ!」
肩を握り締める
「ごめんやで、つい熱くなってしもた。でも、
仕切り直しをするように咳払いをした
なんなんだ、この目の前の少女は。いつもの快活で明るい姿と今の梅小路を結びつけることのできない僕は心底恐怖した。
今、僕の前で口を開いている
歪んだ笑みを浮かべたままの梅小路が、熱病に侵されたかのように言葉を紡ぐ。
「
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます