第6話
さしもの
怒号と共に机が吹き飛び、教卓の目の前で喧嘩が始まる。周りの生徒は囃し立てるばかりか、勝ち負けを巡って賭博をする者までいた。
が、先生は注意する素振りもない。ただウーとかアーとか意味をなさない言葉を口にしながら淡々と数式を黒板に書きこむばかりである。
ちなみに僕はとうの昔に授業を諦めている。こんな教室で先生の話なんか耳に入ってくるはずがない、自分で教科書を勝手に進めたほうがまだましだ。
それに、僕には専属の家庭教師が一人いた。
「あのさ、
後ろに振り返り、分厚い専門書を読み耽っている
「その三行前の式からその次の式にかけて移項を間違えているのではなくて?」
「あ、本当だ。ありがとう。」
「べつにいいわ、たいして頭を使うことでもないもの。」
すぐに視線をハードカバーの本に戻す
大学院ほどの数学を片手間に楽しんでいる
キーンコーン。
生徒が大挙して授業を抜け出していった後、教室のスピーカーが割れたチャイムの音を奏でる。昼休みの始まりだ。
まだ残っていた真面目なほうの生徒も授業終了の合図にすぐさま教室を飛び出していく。混雑する扉を横目に
「行くわよ。」
「え、いやまだこの問題解き終わってないんだけど……。」
「答えは4, 13, 25の三つ。これでいいでしょう?」
先ほどちらりと見ただけで
人気のない校舎の裏側まで
かつてはビオトープとして使われていたのだろう、濁った池のほとりに腰をおろす。僕は鞄から取り出した網かごを
今朝早起きして作っておいたサンドイッチだ。寝起きで目をこすりながら用意した代物である。
沈黙が二人の間を通り過ぎていく。
とはいっても気まずい雰囲気なわけではない、むしろ逆だ。僕も
ボフッ。
「
「あら、人にその言葉は失礼でなくて?」
どこかご機嫌な様子の
青空を旋回するトンビの間の抜けた鳴き声が降り注ぐなか、僕たち二人は淡々と口を動かす。今日のサンドイッチにはハムとか苺ジャム、ほうれん草なんかを挟んでいた。
「……
「なにかしら?」
脇からのびてきた真っ白な腕がハム入りのサンドイッチをかすめとっていくのに、僕はとうとう声をあげる。
責めたてるような視線を
「きちんと野菜も食べなさい。」
僕はため息をついて
再び奪われないうちにと口の中にハム入りのサンドイッチを放りこむ。そんな僕に
「あなたに指図される筋合いはないわ、違いまして?」
「むぐっ!」
「ムグムグ……ん。思っていたよりも強引なのね、あなたという人は。」
ようやくサンドイッチを飲みこんだ様子の
「でも、楽でいいものね。続けてくださるかしら?」
「はいぃ?」
予想外の返答に、僕はあっけにとられてしまう。
「なにがそんなに不思議なの? 始めたのはあなたじゃない。」
唇を閉じ、しばらくもごもごと口を動かす
しかたがないので、またほうれん草入りのサンドイッチをその口の中に放りこむ。
人気のない裏庭で友人を餌づけするという、あまりにも不可解な展開に僕の頭は混乱していた。そもそも一体全体どうして
ついには思考を放棄してしまった僕は、ただひたすらに
普段ならまったくといっていいほど減らない野菜入りのサンドイッチが次々と
「
「嫌よ、却下するわ。そもそもわたしはほうれん草なんて目に入れるのも避けたいのよ、あなたが食べさせてくるのだから渋々口にしているだけで。」
なぜか最近まれにみるほど上機嫌な
「そない
が、予想だにしない闖入者によって僕の手は空を切る。突然ひょいと現れた
「あ、うまいやん。これ
口にした途端、ビックリしたという風に目を見開く
「
次の瞬間、空気が凍った。
「で、でも
「それはなんの正当化にもなっていないのではないかしら。」
「別にサンドイッチ一切れぐらい堪忍してや……。」
「このサンドイッチ一切れの価値の大小ではなく、あなたの行為そのものが問われているのだと気づいているのでしょう?」
哀れな
「す、す、すみませんでした~!」
ついには
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